春のうららかな空気は、人を新たな活動へ誘う。
学生たちは新学期を迎え、新たな学年、新たなクラスに胸を躍らせる。
大学を卒業した者たちの多くは、社畜という名の長距離マラソンコースに足を踏み出す。
「50117、50128、50135……」
ソワソワとした雰囲気が、なんとなく街を包んでいるような気がする。浮足立っているっつーか、ハレの日感が拭えないっつーか。
そういうのも、悪くはないが。
そんなことを思いながら、俺——
バーによくあるカウンター席の一つに浅く腰掛ける。体重をテーブルにかけて、数字を読んでいく。
開け放たれた窓から、そよ風が舞い込んだ。髪を優しく揺らした温かな風は、緩やかに室内の空気と同化する。
眠気を誘う暖かさだが、心には緊張の糸が張っていた。唾を飲み、俺は先の数字に目を凝らす。
「50139、50150…………だあああまた外したああああああ!!」
叫びながら天井を仰いでいると、扉の開く音とカランコロンと鈴の音が聞こえた。
「カムバック俺の10万えええええええええん!!」
「ただいま帰りました~」
「お前じゃねえ!!」
ドアを開けて入ってきたのは、一人の女だった。
名前はザラメ。
橙色の髪をツインテにして、左前髪を茶色いバッテンのヘアピンで留めている、裸コートのヤツだ。それだけでも変わっているんだが、さらに変なのは、額に“ザラメ”と書かれた札が貼ってあるということ。
大きな買い物袋を両手に持ったザラメは、俺と向かい合ったキッチンに荷物を下ろした。
「なんですか、帰って早々『お前じゃねえ!!』って。ザラメほどの優良物件、なかなかないですよ」
「事故物件の間違いじゃね?」
「どこがですか?! 家事育児全部やってるっていうのに」
「育児って誰の?」
「郡さん♪」
こんな感じで、なかなか生意気な女だ。
クソっ、いっぺんひっぱたいてやりてぇ……。
ザラメを睨みつける。得意げに鼻歌を歌うザラメがウザい。
「はぁ……」
気持ちを切り替えよう。こんなヤツにいつまでも突っかかるなんて子どもみたいじゃないか。
俺は立ち上がり、傍に立てかけていたシャベルを手に取った。
地中にはロマンがある。
埋蔵金が埋まっていてもおかしくはない。掘り起こせた暁には、夢の一攫千金だ。
「あれ? どこ行くんですか?」
「希望の埋まってるところ」
「まーたザラメみたいなのが出てくるかもですね」
「うぐっ……」
ドアノブに手を掛けたまま、ピタリと身体が固まる。
思い出した。
いや、思い出したくなかった。
今から数か月前。
俺は秋の空の下——。
——こいつを、掘り出した。