過去のナミを見送った私たちは、早速バックアップデータを使ってこっちのナミの復元を始めた。
もちろん、イチローたちは部屋から追い出した。
この場に残ったのは、私とサクラ、それに子どもたちだけだ。
「バックアップデータの復元は完了よ。では、再起動するね」
起動スイッチを押すが、反応はない……。
えっ、どういうこと!?
一瞬、息をのむ。システムエラーか、データの破損か……いや、そんなはずはない。
何かが間違っている。そんな思考を巡らせていたとき、不意に背後から声がした。
「ねえ、お母さん……」
「一花、ちょっと黙ってて!」
「そうじゃないの! お母さん、配線ミスしてるよ」
「えっ、どこが?」
「ほら、ここだよ。違うところに刺さってるよ」
私は慌てて確認すると、一花が指摘した部分は確かに間違っていた。配線の色と端子の形が似ていたせいで、思い込みで差し込んでしまったのかもしれない。
だが、ただの子どもである一花が、どうしてこんな細かいミスに気づいたのだろうか?
「あ、本当だ……。一花、なんで分かったの?」
「え~、なんとなく変な感じがしただけだよ」
「ねえちゃん、すご~い。ぼくは全然分からなかったよ」
私は全く気付かなかったし、博太郎も分からなかったと言っている。
もしかして、一花も凄い才能を持っているのかしら?
そんなことより、早く再起動をしなくちゃ……。
よし、今度は成功したみたい。
「ん……あれっ、ここは? ハカセちん? さっきゅん?」
「ナミ!」
「やっぱりそうだ。アラサーのハカセちんに見覚えあるよ。さっきゅんは相変わらず変わってないなあ、もう不老不死じゃないんでしょ?」
サクラが微笑みながらナミを見つめる。その瞳の奥には、懐かしさと安堵の色が浮かんでいた。
ナミもまた、周囲を見回しながら感慨深げな表情を浮かべている。まるで、長い時間を超えてようやく帰ってきた家族のようだった。
「私は歳を取るのをやめたからね」
サクラは腕を組みながら微笑んでいるが、その横顔にはどこか達観したような雰囲気があった。
ジョークはさておき、サクラの美貌は本当に脅威と言ってもいいレベルなのよね。
もう40代だというのに、どう見ても20代だもんね。一体どうなっているのかしら?
「えっと、そっちの双子ちゃんはイッチとハカセちんの子ども……一花ちゃんと博太郎くんだったね。そっちはさっきゅんの娘で、あやめちゃんだね」
「わ~い、覚えていてくれたんだ~。ナミねえちゃん、ありがとう」
「あやめです。またお会いできて嬉しいです」
「おっ、さっきゅんの娘なのに礼儀正しいね、偉い!」
やっぱり、皆それを言うんだよね。
ほら、サクラの機嫌がちょっと悪くなってるじゃない。
博太郎は大人のお姉さんと話すのが照れくさいようで、私の後に隠れている。
この子、意外とかわいいところあるのよね。
ともかく、私たちはナミを取り戻すことに成功したのだ!
部屋を出た私たちは、全員で抱き合って泣いた。
特にカトーの泣きっぷりが凄くて、ちょっと引くレベルだった。
カトーは拳で目をこすりながら、まるで子どものようにしゃくり上げていた。普段の冷静沈着な態度からは想像もつかない姿だった。
ナミが驚いた顔で見つめると、彼は気まずそうに咳払いをして涙を拭ったが、目元の赤みは隠せていなかった。
ん? あれっ?
もしかして、カトーとナミって……私の勘違いかしら……。
感動の余韻が残る中、少しずつ現実が戻ってくる。
涙を拭った仲間たちが顔を上げ、次にやるべきことを思い出し始めた。
「では、元の世界に戻ろうか。ハカセ、準備はどのくらいかかる?」
ボスが満面の笑顔で私に聞いてきた。
家に帰るまでが冒険ってことみたい。
「時空転送装置を換装するので、2時間ほどかかりそうね」
「そうか……ならば、その間に俺から皆に提案があるので聞いてほしい」
カトーが真剣な表情でそう告げた。
「分かった。では、ハカセとイチローはすぐに換装の準備に入ってくれ。準備が出来次第、全員ブリッジに集合だ」
「ボッスン、ウチも行ってよき? メカニック担当としては、時空転送装置が気になるんよ」
「そうだな、じゃあナミも一緒行ってくれ」
「あざまる~」
ナミのギャル語、久しぶりに聞くと良いわね。
――
私は子どもたちをサクラに預け、イチロー、ナミとエンジンルームに移動を開始した。
エンジンルームへ向かう廊下は静かだった。
足音だけが響く中、ナミの横顔をちらりと盗み見る。いつも陽気な彼女だが、今はどこか考え込んでいるように見えた。
「ねえ、ナミ……。こんなことを聞いていいのか分からないんだけど、カトーとは特別な関係なの?」
「今のところは何もないわよ。あっ、そういえば……すごく大事なことを忘れてたかも」
「大事なこと?」
「あの破壊ロボットの内部に潜入する前、『戦いが終わったらデートしよう』って言われてた……」
その言葉を聞いて、思わず息を飲んだ。
ナミは気軽に言っているように見えるが、その指先はわずかに落ち着きなく動いていた。思いがけず口にした言葉に、自分でも驚いているのかもしれない。
カトーの告白がどれほど真剣なものだったのか、今になって改めて考えているように見えた。カトーの性格を考えれば、軽々しくそんな約束をするとは思えない。つまり、本気だったのだろう。
「それで、なんて返事したの?」
「『楽しみにしておく』って返事したかも……。っていうか、私は死にに行くようなつもりで潜入する直前だからさ、適当な返事をしちゃったんだよね」
ナミが軽く肩をすくめるが、その表情にはほんのわずかに戸惑いが混じっているように見えた。冗談めかして話しているが、内心では気にしているのかもしれない。
「ナミ氏、約束は守らないとね。カトー氏、多分それを信じて治療してないんだよ……」
「マ? カトリンってバカすぎじゃね?」
「カトー氏ってそういう人じゃん」
「だよね。じゃあ、デート付き合ってやるか……。ぶっちゃけ、あの時はちょっとだけカッコよく見えたんだよね」
これは……!?
新たなロマンスの始まりなのかしら?
他人の恋愛って、傍から見ていると楽しいものなのね。
エンジンルームに到着した私は、時空転送装置を確認した。
時空転送装置は、まるで無惨な屍のように想像を遥かに超えるほど壊れていた。
配線は焼き切れ、カバーは吹き飛び、内部の機構が剥き出しになっている。修復が可能とは思えないほどの損傷だった。
予想通り、帰りの分でタイムトラベルは終わりとなりそうだ。
「ふうん、なるほどね~。博太郎くん、こんな凄い仕組みをよく設計できたね……。ハカセちんの息子だとしても、とんでもない才能だよ」
「俺の息子でもあるんだけど?」
「日本には『鳶が鷹を生む』ってことわざがあるんだって」
「もっと優しくして!」
「あはは、イッチ変わってないなあ。それにしても……すごい壊れ方だね。やっぱり高エネルギーに耐えるのはギリギリってところだね」
「ナミでも、解決できないかな?」
「うん、無理だね。でも、博太郎くんなら将来解決するかもしれないよ」
そうか。
子どもたちのことは色々考えていたのだけど、かつての私のように、ナミの元で勉強させるのもアリよね。
ナミの指が素早くコンソールを操作する。数値が次々と切り替わり、エラーコードが消えていく。その姿は、まるで壊れたパズルを組み直すようだった。
小さな電子音が響き、スクリーンに映し出されたデータが瞬く間に更新されていく。ナミの動きには迷いがなく、確実にシステムの異常を修正していく様子が分かった。
私は思わず息をのんだ。彼女は普段ふざけてばかりいるが、こうして機械を扱う時だけはまるで別人のように鋭い集中力を発揮する。
私はナミがいる安心感を久しぶりに味わっていた。