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第76話 あの日のあの場所へ

 いよいよ、出発の日がやってきた。


 俺たちは全員、ステラ・ヴェンチャーのブリッジに集合している。

 これでやっとナミ氏に会える。そう思うと、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。


「最終チェックは完了よ。いつでも出発できるわ」


 ハカセはモニタを確認しながら、小さく息をついた。彼女の小さな手が操作パネルの上を滑るたびに、緊張感が船内に満ちていく。

 ついにタイムトラベルという世紀の大作戦が開始されるのだ。


「よし、では作戦を開始する。目標は17年前のガンガルパイロット選抜試験、アステロイドベルト」


「転送装置換装完了。時空転送開始!」


 ボスが作戦開始を宣言したので、ハカセが時空転送装置の起動を開始した。

 船内にゴウンゴウンと低く響く轟音が広がる。

 振動が足元から伝わり、壁のモニタが微かに揺れる。俺は思わず座席の肘掛けを握りしめた。


 一瞬、捻れたような感覚が体中を駆け巡る。

 すると、船内のモニタに映ったのは、あの日のあの場所だった。


 成功だ……!

 だが、やはりというか、時空転送に大きなエネルギーを使ったということもあり、時空転送装置はもう使い物にならないほどに壊れていた。


「大丈夫よ。帰り道用にもう一基用意してあるからね。それより、モニタに集中しましょう」


 うわぁ……。

 モニタに映っていたのは、俺が操縦するガンガル。


「一花ちゃん、博太郎くん、あれを操縦してるのはお父さんなんだよ」


 ちょっと、サクラ氏!

 余計なことを子どもたちに教えないで!


 俺の視線の先では、小さなガンガルがぎこちなく旋回し、小惑星にぶつかっては弾かれている。その様子を見た子どもたちは、モニタの前で目を輝かせていた。


「あはは、お父さんおもしろーい」

「ぼくは、お父さんだってすぐ分かったよ」


 ……。

 くそう、また父としての尊厳が失われていく。

 俺の思いとは関係なく、船内は爆笑の渦に包まれていた。


 その後、カトー氏の華麗な操縦を見届けた。

 ということは、次はナミ氏の番だ。


「よし、ステラ・ヴェンチャーをゴール地点後方1キロ地点に移動だ。光学迷彩を解除せず、ゆっくりと移動するように」


 船は無事に目的地に到着した。あとはナミ氏が来るのを待つだけだ。

 ナミ氏の出迎えは、カトー氏がガンガルに乗って行うこととなった。

 ガンガル初号機の武装はすべて外してあり、現在ナミ氏が操縦しているものと全く同じ状態だ。


「こちら、カトー。前方にナミのガンガルを発見。光信号で接触を試みます」


 カトー氏のガンガルから、チカチカと光が見える。

 意味は『ナミ』なのだそう。


 ナミ氏のガンガルはカトー氏のガンガルの前で停止した。

 そりゃそうだよな。自分が乗っているのとまったく同じ機体が目の前に現れて、しかも光信号で自分の名前を送ってきたんだから。


「よし、光学迷彩解除。ジャミング開始。船をゆっくりとナミの元へ」


 あの日、ナミ氏との通信は途切れていた。

 ナミ氏は通信機器の異常と言っていたが、本当は俺たちのジャミングが原因だったのだ。


 ナミ氏はカトー氏とゆっくりと着艦した。

 俺たちは急いで出迎えに向かった。


「えっ、みんな……どういうこと!?」


 ナミ氏の顔には驚きと警戒が入り混じった色が浮かんでいた。

 突然現れた未来の仲間、それも全く想定していなかった形での……彼女の目は、一人一人を確かめるように見つめる。


「ナミ……ずっと会いたかった!」


 ハカセが勢いよくナミ氏に抱きついた。その突然の行動に、ナミ氏は明らかに混乱している。

 それもそのはず、あれから17年も経っているんだから。


「……もしかして……ハカセちん……なの?」


「そうだよ……。私たちは17年後の世界から会いに来たの!」


「えっ……ごめん、状況が飲み込めないんだけど、一旦整理してもろて」


 俺たちは一旦会議室に移動し、これまでの経緯を説明した。


「そっか、ウチが人造人間だって……みんな知ってるんだね……」


「知ってるけど、それが何だって言うんだよ。俺たちは仲間だろ?」


「カトリンにそう言われるとはね……。って、カトリンは歳取ってないじゃん! おじさんも……」


「俺は、お前を元に戻すまでは治療しないことにしたんだよ。ナカマツも同じだな」


「カトリン、お前……ほんとバカだな。まあ、知ってたけど」


「そう言うなよ。それより早くお前のデータをバックアップさせてくれよ。時間があまり無いんだろ?」


「そうだったね、じゃあ早いとこやってもろて」


 ナミ氏はパイロットスーツを脱ぎ、無造作に折りたたむと、こちらに背を向けて座り、シャツをまくり上げた。

 背中には小さな扉があり、ナミ氏のメインコンピュータが格納されていることが分かる。


 その動作は迷いのないものだったが、俺たちの目の前で露わになる小さな扉が、彼女がただの人間ではないという現実を突きつける。

 ナミ氏は何も言わなかったが、微かに息を呑む音が聞こえた気がした。


「ちょっと! 男どもは出ていって! うちの男たちは本当にデリカシーがないんだから!」


 俺たちはハカセとサクラ氏に部屋を追い出された。

 時折3人の笑い声が聞こえてくる。会話しながらバックアップをしているのだろうか。


 大体2時間くらいだろうか、ドアが開いて3人が出てきた。


「バックアップは終わったみたいだよ。本当はもっと話をしたかったけど、こっちの世界の皆が心配するからね。あ、そうだ。イッチ、結婚おめでとう」


「あ、ありがとう」


 突然言われたのでビックリしたんだけど、この時期のナミ氏は俺とハカセが結婚することは予想していなかったと思う。

 ましてや、子どもまで授かっているなんてね。


「タイムトラベルを実現したのがイッチの子だったなんて、世の中何があるか分からんよね」


「俺もそう思うけど、驚きと言うならお互い様だよ」


「ウチのために皆がここまでしてくれるなんて、思ってもいなかったよ。ウチは幸せ者だね」


「ナミ!」


 ハカセがナミ氏に抱きついた。


「ハカセちんはアラサーになっても泣き虫だなあ」


 ナミ氏はハカセの頭を優しく撫でながら、そう言った。


「ナミは……私が大好きなお姉さんだよ。ずっと話せなくて寂しかったんだからね!」


「ありがと。ウチも皆が大好きだよ……。じゃあ、私は戻るね。そっちの世界のウチによろしく伝えといて!」


 ナミ氏は満面の笑顔で手を振り、ガンガルに乗り込んだ。

 あの日、帰還したナミ氏の機嫌が良かったのはこういうことだったんだね。


 俺たちはその背中を見送った。ガンガルのハッチが閉まり、エンジンが低く唸る。やがて機体はゆっくりと浮かび上がり、闇の向こうへと消えていった。

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