私、サクラはずっと悩んでいた。
あの戦いで、私はフィリアーネに完敗した。
フィリアーネは本当に強く、秘薬を使っても勝つことができなかった。
私はずっと、大事な仲間を守るために、訓練に明け暮れていた。
それはいつしか自信に変わっていたが、あの日……その自信は見事に打ち砕かれた。
結果的に見れば、戦争には勝利した。
私は最後の一撃をフィリアーネに放ったとき、同時に小型転送モジュールを貼り付けることに成功した。
フィリアーネは宇宙のどこかに転送され、そこで息絶えたに違いない。
どれほど強くても、宇宙で生き続けることは不可能だから。
彼女の最後の表情は、驚きとも怒りともつかないものだった。
転送される直前、何かを言おうとしていたが、音にならなかった。その意味を考える暇もなく、私は意識を失った。
私は1年近く眠ったままだったらしい。
眠っていた間、不思議な夢を見ていた。
フィリアーネが生きていて、再び私の前に現れるというものだ。
夢の中だから死ぬということはないのだけど、何度も戦って何度も倒された。
ナカマツに話したら、恐怖体験としてトラウマになっているのだとか。
恐れ知らずと言われた私がトラウマを抱えるなんて……カトーにバレたら、どんな顔をされるか分からない。
戦いから15年経った今でも、時折あの悪夢にうなされることがある。
夢の中のフィリアーネは、あの時のままの姿をしていた。闘志を燃やし、冷たい目で私を見下ろす。
何度も同じ夢を見るうちに、私は夢の中でさえ自分の敗北を悟るようになっていた。
私にとって、あの戦いはまだ続いているものなのかもしれない。
――
「冴子さん、調子はどう?」
治療開始から1週間が経ち、冴子さんの足は少しずつ動くようになってきた。
最初は、ほんの少しの動きだった。足の指がピクリと震え、次第に膝がわずかに持ち上がるようになった。
ナカマツが手術で悪い部分を全て切除し、メディカルマシンで再生治療を行ったらしい。
これで、地球人相手であっても、メディカルマシンの有用性が確認できたということだ。
「すごく順調みたい。私の足が動くようになるなんて……本当にどれだけ感謝したらいいのか……」
「このメディカルマシンは本当に凄いんですよ。私も……心肺停止状態から、奇跡的にこうして動けるようになったんです」
「うちの主人から聞いています。サクラさんは地球を救った英雄なんだって」
「英雄かあ……そんなに凄い存在じゃありませんよ。実際のところは戦いに敗れ、心肺停止になって1年間も眠っていたのですから……」
「それも、主人から聞きました。主人は……サクラさんをそんな目にあわせてしまったことを……とても後悔しているんです」
「そうなんですか、あのボスが……。普段の態度からは分からないものですね」
ボスは滅多に感情を表に出さない。いつも冷静で、どんな状況でも揺るがない男だ。
だからこそ、彼の後悔の言葉を聞くと、余計に重く響いた。
「ねえ、サクラさんは……主人を恨んでる?」
「恨んでなんていませんよ。私があんな状態になったのは、自分が弱かったからだと思うし、もっと早く奥の手を使えば良かったとも思う。なにより、私を信じて作戦を立てたボスに対し、申し訳ない気持ちの方が強いです……」
そう、これは私の偽らざる気持ち。
結果としては勝利だったかもしれないけど、ボスの立てた作戦を私が成功させられなかった……ということ。
「あら、ずいぶんと自分に厳しいのね。結果的に勝ったのは事実なのだから、もっと自信を持ってもいいんじゃない?」
「勝ったのは私の力じゃなくて、科学の力。私は戦闘担当として、戦いに勝たねばならなかったのに……」
「うちの主人もそういうところあるわね。見た目は私たち地球人と同じようで、育ってきた文化の違いかしら……。責任感や使命に対する思いが強いのよ」
「地球人はそうでもないの?」
「地球人は皆さんみたいに強くないからね。個々の能力より人との協力関係を大事にするのよ。そういう価値観だとね、科学の力で勝ったなら『全員で掴んだ勝利』って言えると思いますね」
そうか、そういう考え方もあるのね。
私は……私が戦いに勝ち続けなければいけないって思ってた。そうでないと、全滅するって思い込んでいたから。
でも、冴子さんが言うように、私は負けたけど全滅しなかったし、結果としては勝利した。
『全員で掴んだ勝利』か……。
その言葉が胸に響いた。私はずっと、一人で戦っていたつもりだった。でも、振り返ってみれば、支えてくれた仲間がいた。
私が倒れたとき、みんなが繋いでくれたからこそ、最終的に勝利を手にできたのだ。
なるほど、すごくカッコいい言葉だね。
「『全員で掴んだ勝利』か……。そうですね、誰一人欠けても成し遂げられなかった。こんな簡単なことに、私はずっと気付けなかったなんて……」
いつの間にか、私の目には大粒の涙が溢れていた。
「サクラさん! 大丈夫?」
「大丈夫……です。今更ながら、大事なことに気付かされました。私、ほんとにバカだなあ……」
この日を境に、悪夢を見ることは無くなった。
夜が怖くなくなり、眠るたびに戦場へ引き戻される恐怖は、いつの間にか消えていた。代わりに、夢の中では仲間たちと笑い合うことが増えた。
それだけじゃなく、少しずつだけど強さが戻りつつある。
今にして思えば、ボスは私にこれを伝えたくて、冴子さんの世話をお願いしてきたのかもしれない。