目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第75話 サクラが悩んでいたこと

 私、サクラはずっと悩んでいた。


 あの戦いで、私はフィリアーネに完敗した。

 フィリアーネは本当に強く、秘薬を使っても勝つことができなかった。

 私はずっと、大事な仲間を守るために、訓練に明け暮れていた。

 それはいつしか自信に変わっていたが、あの日……その自信は見事に打ち砕かれた。


 結果的に見れば、戦争には勝利した。

 私は最後の一撃をフィリアーネに放ったとき、同時に小型転送モジュールを貼り付けることに成功した。

 フィリアーネは宇宙のどこかに転送され、そこで息絶えたに違いない。

 どれほど強くても、宇宙で生き続けることは不可能だから。


 彼女の最後の表情は、驚きとも怒りともつかないものだった。

 転送される直前、何かを言おうとしていたが、音にならなかった。その意味を考える暇もなく、私は意識を失った。


 私は1年近く眠ったままだったらしい。

 眠っていた間、不思議な夢を見ていた。

 フィリアーネが生きていて、再び私の前に現れるというものだ。

 夢の中だから死ぬということはないのだけど、何度も戦って何度も倒された。


 ナカマツに話したら、恐怖体験としてトラウマになっているのだとか。

 恐れ知らずと言われた私がトラウマを抱えるなんて……カトーにバレたら、どんな顔をされるか分からない。


 戦いから15年経った今でも、時折あの悪夢にうなされることがある。

 夢の中のフィリアーネは、あの時のままの姿をしていた。闘志を燃やし、冷たい目で私を見下ろす。

 何度も同じ夢を見るうちに、私は夢の中でさえ自分の敗北を悟るようになっていた。

 私にとって、あの戦いはまだ続いているものなのかもしれない。


 ――


「冴子さん、調子はどう?」


 治療開始から1週間が経ち、冴子さんの足は少しずつ動くようになってきた。

 最初は、ほんの少しの動きだった。足の指がピクリと震え、次第に膝がわずかに持ち上がるようになった。

 ナカマツが手術で悪い部分を全て切除し、メディカルマシンで再生治療を行ったらしい。

 これで、地球人相手であっても、メディカルマシンの有用性が確認できたということだ。


「すごく順調みたい。私の足が動くようになるなんて……本当にどれだけ感謝したらいいのか……」


「このメディカルマシンは本当に凄いんですよ。私も……心肺停止状態から、奇跡的にこうして動けるようになったんです」


「うちの主人から聞いています。サクラさんは地球を救った英雄なんだって」


「英雄かあ……そんなに凄い存在じゃありませんよ。実際のところは戦いに敗れ、心肺停止になって1年間も眠っていたのですから……」


「それも、主人から聞きました。主人は……サクラさんをそんな目にあわせてしまったことを……とても後悔しているんです」


「そうなんですか、あのボスが……。普段の態度からは分からないものですね」


 ボスは滅多に感情を表に出さない。いつも冷静で、どんな状況でも揺るがない男だ。

 だからこそ、彼の後悔の言葉を聞くと、余計に重く響いた。


「ねえ、サクラさんは……主人を恨んでる?」


「恨んでなんていませんよ。私があんな状態になったのは、自分が弱かったからだと思うし、もっと早く奥の手を使えば良かったとも思う。なにより、私を信じて作戦を立てたボスに対し、申し訳ない気持ちの方が強いです……」


 そう、これは私の偽らざる気持ち。

 結果としては勝利だったかもしれないけど、ボスの立てた作戦を私が成功させられなかった……ということ。


「あら、ずいぶんと自分に厳しいのね。結果的に勝ったのは事実なのだから、もっと自信を持ってもいいんじゃない?」


「勝ったのは私の力じゃなくて、科学の力。私は戦闘担当として、戦いに勝たねばならなかったのに……」


「うちの主人もそういうところあるわね。見た目は私たち地球人と同じようで、育ってきた文化の違いかしら……。責任感や使命に対する思いが強いのよ」


「地球人はそうでもないの?」


「地球人は皆さんみたいに強くないからね。個々の能力より人との協力関係を大事にするのよ。そういう価値観だとね、科学の力で勝ったなら『全員で掴んだ勝利』って言えると思いますね」


 そうか、そういう考え方もあるのね。

 私は……私が戦いに勝ち続けなければいけないって思ってた。そうでないと、全滅するって思い込んでいたから。

 でも、冴子さんが言うように、私は負けたけど全滅しなかったし、結果としては勝利した。


 『全員で掴んだ勝利』か……。

 その言葉が胸に響いた。私はずっと、一人で戦っていたつもりだった。でも、振り返ってみれば、支えてくれた仲間がいた。

 私が倒れたとき、みんなが繋いでくれたからこそ、最終的に勝利を手にできたのだ。

 なるほど、すごくカッコいい言葉だね。


「『全員で掴んだ勝利』か……。そうですね、誰一人欠けても成し遂げられなかった。こんな簡単なことに、私はずっと気付けなかったなんて……」


 いつの間にか、私の目には大粒の涙が溢れていた。


「サクラさん! 大丈夫?」


「大丈夫……です。今更ながら、大事なことに気付かされました。私、ほんとにバカだなあ……」


 この日を境に、悪夢を見ることは無くなった。

 夜が怖くなくなり、眠るたびに戦場へ引き戻される恐怖は、いつの間にか消えていた。代わりに、夢の中では仲間たちと笑い合うことが増えた。

 それだけじゃなく、少しずつだけど強さが戻りつつある。


 今にして思えば、ボスは私にこれを伝えたくて、冴子さんの世話をお願いしてきたのかもしれない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?