翌日から、私たちは物質転送装置に粒子加速器を設置する作業を開始した。
装置の名前は『ツインドライブ』と名付けられた。
アニメのままじゃない……と思ったのだけれど、博太郎が言うには『双子の僕たちが考えたから』ということらしい。
一花は遊んでいただけだったけどね。
ともあれ、装置が双子で、考案者も双子なんて、できすぎた話よね。
装置が無事に完成したので、早速実験をしてみることに。
装置への負荷を最小限とするため、小さなモノを転送してみることとした。
周りを見回すと、イチローの飲みかけのコーラが目に入ったので、これを使うことにした。
「ちょっと待って。俺の命の次に大事なコーラを使うなんて、ダメに決まってるだろ」
イチローが大げさに手を広げ、身を乗り出してくる。まるで命がけでコーラを守ろうとする戦士のような顔つきだ。
そこまで必死になる理由が私にはさっぱりわからない。
イチローが何やらギャーギャー騒いでいたけど、気にせずコーラのペットボトルを箱に入れた。
転送ボタンを押すと……コーラがスッと消えた!
でも、ここまでなら、物質転送装置でもできているのよね。
もし、成功なら、まもなくこっちの箱に現れるはず。
私は思わず息をのんだ。転送ボタンを押してからの数秒間がやけに長く感じられる。
失敗したらどうしよう。コーラが消えたままだったら? それとも、炭酸が抜けて戻ってくるのかしら。
「101……102……103……104……105……」
その瞬間、転送先の箱にコーラが出現した!
やった! 転送成功!
「お母さん、すっごーい」
一花は口をもぐもぐさせながら、無邪気な笑顔を向けてくる。どうやら、転送の成功よりも両手に持ったうまい棒の味に夢中のようだ。
でもさ、緊張感なさすぎない?
「ちょっと、イチロー! 夕飯前にお菓子をあげないでって、いつも言ってるでしょ!」
「えっ?」
よく見たら、イチローもうまい棒を食べてるし……。
本当によく似た親子よね。
「ねえ、お母さん。実験はうまくいったのに、なんでそんなにイライラしてるの?」
私がイチローにイラついていたのを見て、博太郎が心配してくれたようだ。
この子は優しくて、本当に頭の切れる子だ。
「時空を歪めるのはいいんだけどね、問題はその時間のコントロールなのよ。10年以上も昔に戻るのだから、一歩間違ったら大変なことになるじゃない?」
博太郎は少し考えるように目を細めた後、ぱっと顔を上げた。まるでパズルのピースがはまった瞬間のような表情だ。
「ああ、それなら……渦の傾きで制御できるんじゃないかな」
「傾き?」
「そう、傾き。これをうまく制御できれば、それぞれの素粒子が高エネルギーになるまでの時間を同じにできると思うんだ。同じ高エネルギー量に揃えることができれば、素粒子の動きをある程度予測できないかな?」
「……そうね、とりあえず今できるのはその辺りかな。傾きを変えてデータを取って、散布図から相関分析でもしてみようか」
「お母さん、僕ね。グラフを見てると楽しいんだよ。なんかこの辺りの傾きがいいなとか、このまま伸ばしたらどうなるんだろとか、色々考えちゃうんだよ。おかしいかな?」
おかしいわね……。
この子、とんでもないことを言い出したわよ。
「おっ、博太郎はすごいなあ。お父さんは、グラフからエネルギーを感じるんだよ。人生もね、勢いがあるときは何をやっても上手くいくことがあるんだよ」
「へえ~、お父さんにも勢いがあった時期ってあったの?」
「勢いどころか、あなたずっと真っ平らじゃないのよ……」
「ちょ……子どもの前でそこまで言う事ないんじゃない?」
博太郎はじっと私の顔を見つめた。その目には、子どもならではの純粋な好奇心が宿っている。
私は不意を突かれた気分になり、思わず視線をそらしてしまった。
「でもさあ、お母さんはそんなお父さんのこと、ずっと好きだったんでしょ? サクラ姉ちゃんが教えてくれたよ」
さ、サクラ……。
子どもになんてこと教えるのよ……。
「はい、この話はこれで終わり! 夕飯にするよ」
「わーい、僕ハンバーグがたべたーい」
「私もハンバーグがいい~」
「じゃあ、今日はハンバーグにしましょう。イチロー、よろしくね」
――
「おいし~、さすがお父さん」
一花がイチローをべた褒めしている。
うん、確かに美味しいわよね。
「今日はね、きのこを小さく刻んで入れてみたんだ。歯ごたえが独特でしょ」
イチローは得意げに胸を張った。料理の話になると、まるでシェフ気取りで語り出すのが彼のクセだ。
イチローの料理スキルは、以前とは比べものにならないほど上がっている。
こうやって、何を入れたらどういう味になるかを、料理しなくても分かるのだそう。
一方、私はというと……。
イチローに随分と教わったのだけど、いくつかの料理をレシピ通りに作れる程度だ。多分、私には料理のセンスというものが絶望的に欠けている。
子どもたちは私の料理をよく残すけど、イチローの料理を残したところを見たことがない。
「でも、たまにはお母さんの作るお好み焼きを食べたいなあ」
私がちょっと落ち込んだのを見て、一花がフォローしてくれた。
この子はイチローによく似て、思いやりが深いように思う。
「お好み焼き以外は絶望的だもんね」
私は眉をひそめる。子どもにここまで言われると、さすがに傷つくわね……。
博太郎……。やっぱりこの子は、昔の私にそっくりだ。