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第73話 双子の装置

 翌日から、私たちは物質転送装置に粒子加速器を設置する作業を開始した。


 装置の名前は『ツインドライブ』と名付けられた。

 アニメのままじゃない……と思ったのだけれど、博太郎が言うには『双子の僕たちが考えたから』ということらしい。

 一花は遊んでいただけだったけどね。

 ともあれ、装置が双子で、考案者も双子なんて、できすぎた話よね。


 装置が無事に完成したので、早速実験をしてみることに。

 装置への負荷を最小限とするため、小さなモノを転送してみることとした。

 周りを見回すと、イチローの飲みかけのコーラが目に入ったので、これを使うことにした。


「ちょっと待って。俺の命の次に大事なコーラを使うなんて、ダメに決まってるだろ」


 イチローが大げさに手を広げ、身を乗り出してくる。まるで命がけでコーラを守ろうとする戦士のような顔つきだ。

 そこまで必死になる理由が私にはさっぱりわからない。


 イチローが何やらギャーギャー騒いでいたけど、気にせずコーラのペットボトルを箱に入れた。


 転送ボタンを押すと……コーラがスッと消えた!

 でも、ここまでなら、物質転送装置でもできているのよね。

 もし、成功なら、まもなくこっちの箱に現れるはず。


 私は思わず息をのんだ。転送ボタンを押してからの数秒間がやけに長く感じられる。

 失敗したらどうしよう。コーラが消えたままだったら? それとも、炭酸が抜けて戻ってくるのかしら。


「101……102……103……104……105……」


 その瞬間、転送先の箱にコーラが出現した!

 やった! 転送成功!


「お母さん、すっごーい」


 一花は口をもぐもぐさせながら、無邪気な笑顔を向けてくる。どうやら、転送の成功よりも両手に持ったうまい棒の味に夢中のようだ。

 でもさ、緊張感なさすぎない?


「ちょっと、イチロー! 夕飯前にお菓子をあげないでって、いつも言ってるでしょ!」


「えっ?」


 よく見たら、イチローもうまい棒を食べてるし……。

 本当によく似た親子よね。


「ねえ、お母さん。実験はうまくいったのに、なんでそんなにイライラしてるの?」


 私がイチローにイラついていたのを見て、博太郎が心配してくれたようだ。

 この子は優しくて、本当に頭の切れる子だ。


「時空を歪めるのはいいんだけどね、問題はその時間のコントロールなのよ。10年以上も昔に戻るのだから、一歩間違ったら大変なことになるじゃない?」


 博太郎は少し考えるように目を細めた後、ぱっと顔を上げた。まるでパズルのピースがはまった瞬間のような表情だ。


「ああ、それなら……渦の傾きで制御できるんじゃないかな」


「傾き?」


「そう、傾き。これをうまく制御できれば、それぞれの素粒子が高エネルギーになるまでの時間を同じにできると思うんだ。同じ高エネルギー量に揃えることができれば、素粒子の動きをある程度予測できないかな?」


「……そうね、とりあえず今できるのはその辺りかな。傾きを変えてデータを取って、散布図から相関分析でもしてみようか」


「お母さん、僕ね。グラフを見てると楽しいんだよ。なんかこの辺りの傾きがいいなとか、このまま伸ばしたらどうなるんだろとか、色々考えちゃうんだよ。おかしいかな?」


 おかしいわね……。

 この子、とんでもないことを言い出したわよ。


「おっ、博太郎はすごいなあ。お父さんは、グラフからエネルギーを感じるんだよ。人生もね、勢いがあるときは何をやっても上手くいくことがあるんだよ」


「へえ~、お父さんにも勢いがあった時期ってあったの?」


「勢いどころか、あなたずっと真っ平らじゃないのよ……」


「ちょ……子どもの前でそこまで言う事ないんじゃない?」


 博太郎はじっと私の顔を見つめた。その目には、子どもならではの純粋な好奇心が宿っている。

 私は不意を突かれた気分になり、思わず視線をそらしてしまった。


「でもさあ、お母さんはそんなお父さんのこと、ずっと好きだったんでしょ? サクラ姉ちゃんが教えてくれたよ」


 さ、サクラ……。

 子どもになんてこと教えるのよ……。


「はい、この話はこれで終わり! 夕飯にするよ」


「わーい、僕ハンバーグがたべたーい」


「私もハンバーグがいい~」


「じゃあ、今日はハンバーグにしましょう。イチロー、よろしくね」


 ――


「おいし~、さすがお父さん」


 一花がイチローをべた褒めしている。

 うん、確かに美味しいわよね。


「今日はね、きのこを小さく刻んで入れてみたんだ。歯ごたえが独特でしょ」


 イチローは得意げに胸を張った。料理の話になると、まるでシェフ気取りで語り出すのが彼のクセだ。


 イチローの料理スキルは、以前とは比べものにならないほど上がっている。

 こうやって、何を入れたらどういう味になるかを、料理しなくても分かるのだそう。


 一方、私はというと……。

 イチローに随分と教わったのだけど、いくつかの料理をレシピ通りに作れる程度だ。多分、私には料理のセンスというものが絶望的に欠けている。

 子どもたちは私の料理をよく残すけど、イチローの料理を残したところを見たことがない。


「でも、たまにはお母さんの作るお好み焼きを食べたいなあ」


 私がちょっと落ち込んだのを見て、一花がフォローしてくれた。

 この子はイチローによく似て、思いやりが深いように思う。


「お好み焼き以外は絶望的だもんね」


 私は眉をひそめる。子どもにここまで言われると、さすがに傷つくわね……。

 博太郎……。やっぱりこの子は、昔の私にそっくりだ。

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