- 8年後 -
今日は快晴で、心地良い潮風が吹いている。
あの戦いから8年が経過した。
俺は今、海辺の小さな教会に立っている。
この教会は小高い丘になっているので、最高の景色が楽しめると人気になっているらしい。
白い壁とステンドグラスの小さな教会は、潮風に洗われるように静かに佇んでいる。
周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、遠くではカモメが鳴いていた。どこかノスタルジックで、それでいて新たな人生の始まりを祝福するような、そんな空間だ。
そう……今日は俺達の結婚式だ。
まだ時間があるし、列席者を確認してみようと思う。
最前列ではカトー氏とナカマツ氏が談笑をしている。
聞き耳を立ててみると、俺の話をしているようだ。どうせ、ろくでもない話なんだろう。
カトー氏はまだ不老不死を治療していない。
その理由はいくつかあるようだけど、建前としては万が一戦闘になったときのことを想定しているようだ。
でも、本音はきっと違う。
歳を取らないナミ氏のことを想い、彼女が帰ってくるまで変わらぬ姿でいたいということだろう。
ナカマツ氏も不老不死のままだ。
彼の理由はハカセの結婚式を見届けることだったらしいけど、今はナミ氏が帰ってくるまで死ねないということみたいだ。
入口付近で落ち着きがないのはボス氏。
不老不死の治療を始めるのは遅かったが、最近になって治療を完全に終了したようだ。
ボス氏が落ち着かないのは、もちろんハカセの父親役を務めるためだ。
この日のために何度か練習したらしいが、父親役に練習が必要とは意外だった。それほど、この役目に真剣だったのだろう。
ボス氏はいつも冷静沈着な男だが、今日ばかりは少し違った。スーツの裾を何度も直し、深呼吸を繰り返している。
これまで数え切れない修羅場をくぐり抜けてきた彼が、ハカセの結婚式で緊張するとは……人間の感情というのは、やはり面白いものだ。
ボス氏の隣には、車椅子に座った女性がいる。
彼女の名は『冴子』さん。なんとボス氏の再婚相手だ。
冴子さんは地球人なのだけど、ボス氏が異星人だと知っていて、受け止めたのだそう。
俺も何度か話したことがあるけど、吸い込まれそうな不思議な魅力を持つ女性だと感じている。
そして、ナミ氏。
彼女はまだ戻ってこない。
でも、体だけはそこにあるので、椅子により掛かるようにして、目を閉じたまま参列している。
ナミ氏の身体はまるで静かに眠っているようだった。
潮風が彼女の髪をわずかに揺らし、その姿はまるで時が止まったかのようにも見える。
俺とハカセの話もしよう。
ハカセは高校卒業後、東大に入学。大学院まで進学した後、研究者の道に進んだ。
彼女の論文は世界中で評価され、今や日本を代表する研究者になりつつある。
物理学を研究するのかと思っていたのだが、人工知能を選んだ。
これは、ナミ氏の影響が大きいのだと思う。
俺は大学卒業後、一般企業でサラリーマンをしつつ、空いた時間でハカセの助手として時空を超えるための研究をしている。
結婚はハカセに押し切られた形だ。
ハカセが言うには、『ナミは未来の私たちが結婚していたことを知っていた。だから、ナミを取り戻すには結婚することが前提になるの!』ということらしい。
若干腑に落ちないところはあるものの、そろそろいいかなと俺も思っていたところではあった。
「イチロー、準備できたよ」
ハカセの声が女性用控室から聞こえてきたので、ドアを開けた。
う、美しすぎる……。
俺の前にはかつて少女だった……ハカセがいる。
不老不死は完全に治療され、肉体年齢も20歳を超えた。
相変わらず細身だが、身長も俺とほぼ同じ高さまで伸びた。
あどけなさが残っていた顔はすっかり大人の女性のものとなり、むしろ絶世の美女といえるほどだ。
今日はいつもの白衣姿ではなく、純白の美しいドレスに身を包んでいる。
「お、ハカセ、似合ってるじゃん」
「サクラも、すごく綺麗だね」
ハカセの隣には、純白のドレス姿のサクラが立っている。
サクラはさすがに元モデルだけあって、見事に着こなしている。
長い髪を緩やかに巻き、微笑む彼女の姿はまるで絵画のようだった。
普段の豪胆な雰囲気は影を潜め、今日だけは気高き女神のような気品が漂っている。
まるで戦士が王女に転生したかのような、そんな印象を受けた。
「いたっ」
ハカセが俺の脇腹をつねった。
俺が他の女性を見ていると、いつもこれをやられてきたっけ。
「もう! 今日は私をしっかり見てよね!」
「あ、はい……。すみませんでした」
「イチロー君、今日はよろしくね。あ、これで俺たち、義理の兄弟になるんだな」
「そうですね、二階堂氏……いや、義兄さん」
そう、今日は俺とハカセ、サクラ氏と二階堂氏のダブル結婚式だ。
ハカセとサクラ氏は日本の国籍上は姉妹設定なので、俺と二階堂氏も義理の兄弟となる。
サクラ氏は、あの戦いのあと、1年ほど意識が戻らなかった。
ある日のこと、ハカセがメディカルルームでハラミを焼いたらどうかと、俺に提案してきた。
なんてアホな提案なんだと思ったけど、藁にも縋る思いで試してみると、本当に目を覚ましたのだった。
鉄板の上でジュウと音を立てる肉の香ばしい匂いが、静かなメディカルルームに広がった。
次の瞬間『……ハラミ?』とかすれた声が聞こえ、俺たちは息を呑んだ。まさか、本当に目覚めるとは。
サクラ氏のまぶたがゆっくりと開き、その目に宿る光が徐々に強まっていく。俺は思わず顔を見合わせ、そして、笑った。
だが、目を覚ましたサクラ氏は、あの異常なまでの強さを失っていた。
1年間寝ていたせいなのか、不老不死が治療されたからなのかは分からない。
とはいえ、カトー氏と同じくらいの強さは持っているようだ。
8年前の戦いとその後についても振り返ってみようと思う。
ガンガルとステラ・ヴェンチャーは地球人に思いっきり見られていたので、大騒ぎとなった。
特にガンガルは地球で作られたコンテンツではあるので、地球の組織が作ったものではないかと話題となった。
だが、助けた捕虜はハカセが記憶を消して解放したこともあり、結局俺たちの正体はバレなかった。
まさか、あのコーラ工場の責任者の記憶をハカセが消した際に使った機械が、役に立つ日が来るとは思わなかった。
現在、世界は混沌としている。
ヨーロッパは破壊ロボットのせいで壊滅的な被害を受けたし、弱体化した国を巡って新たな戦争がいくつか始まってしまった。
俺たちの住む日本は比較的安全だけど、どうなるのかは分からない。
――
昔のことを色々思い出していると、教会の鐘が鳴り、神父さんがやってきた。
「佐藤さん、二階堂さん、そろそろ始めましょうか」
「あ、ちょっと待ってください」
ハカセはナミ氏のもとに駆け寄り、接続しているカメラのスイッチを入れた。
録画データは俺たちとの思い出が記憶されているエリアに保存される。
これは、ナミ氏が戻ってきたとき、こんな形でも一緒にいたんだという思い出を残せるよう、ハカセが考えたものだ。
結婚式が始まった。
新婦入場はボス氏が父親役として、サクラ氏、ハカセを順番に連れて入場した。
ボス氏の娘さんはハカセと同じ歳だったこともあり、感極まって途中から号泣していた。
指輪の交換を終え、俺は彼女にそっとキスをした。
そして、俺たちは大好きな仲間に祝福されながら、夫婦となった。
教会を出ると、目の前には青い海が広がっていた。
波はきらきらと輝き、空はどこまでも青かった。海鳥が飛び交い、潮の香りが風に乗って漂う。
俺はハカセの手をぎゅっと握りしめる。この瞬間、この景色、この感情……すべてが永遠に刻まれるような気がした。
「この景色、ナミにも見せたかったわね」
「そうだな、早く元に戻してあげないとね」
俺たちの戦いはまだ終わっていないのだと、改めて思った。