「さて、ここからが本題だ。ナミが人造人間だということは、彼女は厳密には"死んだ"わけではないとも言える。停止した機能を再開させることができれば、蘇らせることができるのではないかと考えた。ハカセ、解説を頼む」
「ナミにコンピュータを接続し、データ領域を確認したところ、メイン領域が書き換えられていることが分かりました。ここからは推測ですが、破壊ロボットを停止させるためのプログラムを上書きし、直接接続することで停止させようとした可能性が高いです」
ハカセはタブレットを操作し、浮かび上がったデータの流れを指で示した。画面には無数のコードが並び、その一部が赤く点滅している。
「つまり、メイン領域を元に戻せば、ナミは元通りになるってことだよな?」
「そうね、でもカトーが言うほど簡単じゃないの……。ナミの制御プログラムは、コンピュータの天才と言われたフェリオン教授が何年も掛けて作成したものなの。私が同じものを作るとして……何年かかるか。あとね、ナミの記憶データも復元に必要となるわ」
「俺たちと過ごした記憶も……全て消えているのか?」
「いえ、私たちと過ごした期間は、別の領域にバックアップされていたわ。つまり……ナミにとっては、自分のメイン領域よりも、私たちと過ごした記憶の方が優先されていたということね」
ナミ氏……。
これは、何が何でも元に戻さなきゃいけないよね。
「そういうことなら……ナミの実家に行けばバックアップがあるんじゃないか? 俺たちが出会ったばかりの頃、ナミの実家に行ったことがあったけど、常時稼働するよう設定されたコンピュータが何台も動いているのを見たぞ」
あの日、俺はハカセの実家に行ったんだったな。病院に戻ったあと、カトー氏が興奮ぎみにナミ氏の実家の話をしていたことを思い出した。
カトー氏の言うように、ナミ氏の実家なら元に戻す材料があるのかもしれない。
けれど、それが本当に機能するかどうかは分からない。ナミの実家にあるバックアップが、最新の状態で保存されている保証はないし、そもそもアクセスできるかどうかも怪しい。
「そうね。ナミを作るときに使ったデータなら、バックアップがあるかもしれないわね。でも……簡単には戻れないのよ」
カトー氏は腕を組み、考え込んでいた。そして、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「なぜだ? ワープを使えば一瞬だろ」
「移動は一瞬なのよ。でも、時間は過ぎているの」
「どういうことなんだ。分かるように説明してくれ」
「私たちの母星と地球の距離が、およそ3000万光年だとして、ワープを使えば船に乗っている私たちの体感時間は一瞬なの。でもね、その間に時間は3000万年も経過してしまうの」
「ということは、母星に戻ったとき、俺たちが出発してから6000万年経過しているってことか!」
「うん。残念ながら、さすがにバックアップデータも使えなくなっていると思う」
「ワープする際に時間を遡る方法は無いのか?」
「それは、タイムスリップすることと同じね。理論的に実現できたとして、母星との距離が分からないから時間の計算が難しいわね」
えっ……もしかして、タイムスリップは可能なのだろうか。
「ハカセ! タイムスリップ自体は可能なの?」
「ワープ理論の延長上で可能かもしれないわね。でも、ワープ以上のエネルギーが必要となるので、転送装置は1回だけの使い切りになるでしょうね」
俺はハカセの顔をじっと見た。冗談ではなく、本当にタイムスリップが可能なのか……? その言葉を聞くまでは信じられなかった。
これが本当なら、まだ可能性があるのかもしれない。
「他のリスクは?」
「往復となると転送装置は2機必要なので、失敗は許されないわ。もちろん、机上の空論の可能性だって十分あるわよ」
……あれっ、何か引っかかるような。
「くそっ、完全に行き詰まりか……。こんなとき、未来が分かればどれだけ楽か……」
カトー氏の言葉を聞いた瞬間、俺はあることに気がついた。
「あっ……俺分かったよ!」
「イチロー!? 何かいい案が浮かんだのか?」
「皆、ちょっと思い出して欲しい。最近のナミ氏って何か変だったよね……そのタイミングを覚えているか?」
「えっと……確か、ガンガルのパイロット選抜試験の時だったわよね。あっ!」
ハカセは一瞬目を見開き、その後小さく頷いた。
そう、あの試験からだ。
「ハカセは気付いたようだね。あの時、ナミ氏がなんて言ったか覚えてる? 『ゴール地点付近に何かいるみたい。帰還する前に調査してみるね』だったんだよ」
「イチロー……あなた、こう言いたいのよね? 『そこにいたのは、タイムスリップした未来の俺たち』だって……」
「そういうこと!」
「あ、そういえば……。ナミは他にも変なこと言ってたわよ。『私とイチローが結婚する未来が分かっちゃった』だとか、『私の背がイチローと同じくらいに伸びる』だとか、『地球で特効薬が見つかる』って言ってたのよ」
「それってさ、未来の俺たちがゴール地点にいたとしたら、分かって当然だよね。仮に俺たちがあの時点に戻れたとした場合、ナミを元に戻せる可能性はある?」
「あの当時のナミから直接バックアップデータを取ることができれば……戻せると思う」
「では決まりだな。これから、私たちはナミを元に戻すことを目標とする」
これは……とんでもない話になってきたぞ。
もしこの仮説が正しければ……未来の俺たちは、すでにタイムスリップの技術を手にしていることになる……!