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第69話 優しい嘘

 - 3日後 -


 俺は3日間、メディカルマシンの中で寝ていたらしい。

 目が覚めたら、いつだったかのように水槽に沈んでいたのだけど、俺が目を覚ましたのを見て、すぐに外に出されることとなった。

 というのも、二階堂氏に交代する必要があるらしいからだ。


 えっ、あの二階堂氏も重症なの? と驚いたのだが、よく考えたら……2台あったはずだよね、どういうこと?


 思い返してみても、直前の記憶はぼんやりとしていて、意識が途切れる前に何があったのかははっきりしない。

 ただ、全身が鉛のように重く、まるで体の中の血が入れ替えられたような違和感を感じていた。


 水槽から出ると、ハカセが走ってきて俺に抱きついてきた。

 その勢いで俺の体がぐらつく。ハカセは俺の胸に顔を埋め、小刻みに震えていた。俺は戸惑いながらも、そっと彼女の背中に手を添えた。

 俺が死んでしまうと思って、不安で仕方がなかったらしい。


 まだ体が思うように動かず、車椅子に座った。そのとき、隣の水槽に目をやり、衝撃の事実を知ることとなった。

 サクラ氏が重症だということに。

 水槽の向こうに横たわる人影を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。無機質な液体の中で揺れる美しい黒髪。どこか別の世界に閉じ込められたような、静かすぎる姿に寒気がした。


 サクラ氏の体は俺とは比べ物にならないほどダメージを受けていたらしい。

 心肺停止状態で緊急手術が行われ、何とか心臓は動き出したものの、未だに意識が戻っていない。

 心肺停止だった時間が長すぎたこと、元々脳にダメージがあったことから、意識が戻るかは分からないとのこと。


 考えてみれば、サクラ氏は不老不死の治療を終えていた。

 あまりに強すぎて、サクラ氏がこんなことになるなんて誰も予想ができなかったし、不老不死でないことも忘れていた。


 もっと驚いたことは、サクラ氏が戦闘で負けたということだった。

 小型転送モジュールを相手の体に貼り付け、宇宙空間へ転送したことで戦争には勝利したのだが、サクラ氏は一騎打ちで敗北したのだという。

 サクラ氏の傷の深さを見て、ただの戦闘ではなかったことはすぐに分かった。彼女が負けるなんて想像ができない。負けるにしても、こんな状態になるほどの相手とは一体……?


 さらに、ナミ氏だ。

 俺は、ナミ氏が機能停止状態とだけ聞いた。

 意味が分からなかったが、見れば分かるとハカセに言われ、ナミ氏がいる部屋に連れて行かれた。


「イチロー、体調はどうだ?」


 部屋にはボス氏だけでなく、カトー氏、ナカマツ氏が待っていた。

 いや、ちょっと違う。もう一人いる。

 部屋の片隅に目を向けた瞬間、息を飲んだ。壁にもたれかかるナミ氏の指先から、無数のケーブルが伸び、まるで機械の一部になってしまったかのように見えた。


「まだ体中が痛いけど、頭はハッキリしているよ」


「そうか、ではこの状況の説明をしようか。カトー、何があったのか説明してくれるか」


「ああ……分かった。あの日、ナミは破壊ロボットを停止させるため、破壊ロボット内部に侵入したんだ。破壊ロボットが停止したあと、俺が制御室に入ったらこのような状況となっていた。ナミは……ケーブルで破壊ロボットと接続状態だったんだ」


「どういうこと?」


 俺はさっぱり意味が分からなかった。

 俺の知る限り、ナミ氏は間違いなく人間だったはずだ。


「彼女の正体については私が話そうか」


「ナカマツ氏……何か知っているの?」


「彼女は……彼女の父であるフェリオン教授が作り出した、73番目の人造人間なんだ。73番目だから、ナミと名乗った」


 その言葉が頭にうまく馴染まなかった。

 ナミ氏が……人造人間? これまでずっと俺たちと共にいて、笑い、冗談を言い、時には怒ったりもしていた。そんな彼女が、作られた存在だなんて。


「人造人間だなんて……信じられない。見た目は俺たちと同じじゃないか」


「そうですね。私はフェリオン教授と同僚だったので、彼の娘に会ったことがありますが、彼女は17歳の時に病気で亡くなったんだ。フェリオン教授はその死を嘆き、生前の生体データを基に人造人間の創造に没頭したと聞いていた」


「それがナミ氏……ということ?」


「うむ。フェリオン教授は元々人造人間の研究をしていたので、娘は実験に協力していたようなのだ。その際に記憶のデータ化も成功していたらしく、娘をベースとした人造人間を作ることを思いついたのだろう」


「気持ちは分かるけど……。でも、ナミの立場を考えると、複雑ね……」


「そして、例の殺人ウィルスだ。フェリオン教授は亡くなり、彼女は独りぼっちとなった。彼女は自ら活動停止できないようにプログラミングされていたため、その状況に絶望したらしい。そこで聞いたのが、カトー君の通信だったという訳だ」


 そうか、だから彼女は俺たちのところに駆けつけ、一緒に生活をすることを選んだのか……。

 しかも、俺たちが不老不死なら、人外という点では一緒だ。


「ナカマツ氏はいつ気付いたの?」


「初めてあったときに気付いたよ。なぜなら、10年も前に亡くなった子が目の前にいたのだから。ナミ君は私には真相を話してくれたので、私は彼女を不老不死として扱うことにしたのだ……。すまない、私はずっと君たちに嘘をついていたんだ……」


 ナカマツ氏は深く頭を下げた。その目には、大粒の涙が光っていた。

 これまでどんなことがあっても冷静だったナカマツ氏が、今はまるで別人のようだった。その姿に、俺たちもまた言葉を失った。


「優しい嘘ね……」


 ハカセはそう呟くと、ナカマツ氏を優しく抱きしめた。

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