「ボスさん、二階堂です。戦いには勝ちました。しかし、サクラが……息をしていません……」
「分かった。すぐにナカマツを呼ぶから、二人ともすぐに帰還してくれ!」
私とナカマツが転送室に駆け込むと、倒れた二人の姿があった。
「サクラ、サクラ、お願いだから目を覚まして!」
ハカセの小さな体がサクラにしがみつき、その肩を揺さぶる。しかし、サクラは微動だにしない。その肌は冷たく、まるで生気が抜けてしまったかのようだった。
ハカセの声がかすれ、嗚咽混じりになる。
私はハカセをサクラから引き離すと、ナカマツとともにサクラを担架に乗せた。
「これは……よろしくありませんね。今すぐメディカルマシンに入れないと!」
ナカマツの眉間に深い皺が刻まれる。彼の医師としての冷静さは揺らがないが、その目には明らかな焦りが滲んでいた。経験豊富な彼ですら、事態の深刻さを悟っているのだろう。
「私も手伝おう。ハカセは二階堂さんに応急処置を!」
「は、はい……」
嗚咽混じりの声でハカセが返事をし、応急キットを棚から取り出した。
「二階堂さん、すまない。メディカルマシンは2台なんだ。1台はイチローに使用しているから、今は応急処置で我慢してくれ」
「私は大丈夫です。それより……サクラを助けてください」
私は無言で頷き、サクラをメディカルルームへ運んだ。
――
メディカルマシンの1台は、担架へ乗せたまま使用できるようになっている。
心臓マッサージなどの人体固定が必要な治療を想定してのことだ。
ナカマツは担架ごとメディカルマシンに入れ、起動した。
マシンの水槽に治療液が満たされ、診断が始まった。
診断結果は心肺停止。死因は失血と全身打撲、脳損傷、そして薬の副作用による心不全……複数の要因が重なっていた。
メディカルマシンのスクリーンには、脳波のフラットラインが映し出されている。機械が淡々とデータを解析する一方で、室内の空気は張り詰めていた。
誰も言葉を発しない。ただ、鼓動のように響くメディカルマシンの駆動音だけが場を支配していた。
「ナカマツ……サクラは大丈夫なんだよな?」
ナカマツは静かに首を振った。
じっと祈るように水槽を眺めている。
メディカルマシンの診断が完了し、水槽内にいくつものアームが現れた。
これから外科手術が行われるようだ。
「サクラ君は……もう不老不死じゃないんだよ」
「そうだったな。二階堂さんと一緒に歳を取ることに決めたんだったな」
「不老不死のままなら、死ぬことはなかった」
「そうだな」
「イチロー君も重症、ナミ君も機能停止、今度はサクラ君まで……君はどこまで覚悟していたんだ?」
想定以上の最悪な結果だ。
私の立てた作戦は、あまりに大きな犠牲を出してしまった。
作戦の成功を確信していたはずなのに、今はただ、傷ついた仲間たちの姿が脳裏をよぎる。
イチローは重傷を負い、ナミは機能停止、そしてサクラは……。自分の決断が引き起こした結果の大きさに、胸が締め付けられる。指先が微かに震えた。
「すまない……。私は……全員元気に戻って来るつもりだった……」
「そうか。未来のことなんて誰も分からないからね、私は君の作戦を責めるつもりはないよ。大事なのはここからだよ。どうやって立て直すか考えよう」
そうだ……。
落ち込んでいる場合じゃない。
まだ終わった訳じゃないのだから。
ナカマツはイチローとサクラの治療を必死で行っているし、カトーだってナミを元に戻そうとしている。
「ナカマツ、戦いはまだ終わっていない。これから敵艦を破壊する。メディカルマシンは全門一斉発射の衝撃に耐えられるか?」
「大丈夫だ。この部屋は耐衝撃設計になっているからね」
「そうか、この場を任せる!」
――
私は転送室の二階堂さんの元へ向かった。
彼はハカセの応急処置を受け、簡易ベッドで横になっていた。
「二階堂さん、怪我をしているところすまないが、これから敵艦に最後の攻撃を行う。一緒に来てくれるか」
「ボス! 二階堂さんは大怪我をしているのよ、いくらなんでも……」
「私は大丈夫ですよ……。サクラだって限界まで戦ったんだ。私だってやれることをやらなくては!」
「よく言った。ハカセ、カトーを探して来てくれ。ブリッジに集合だ」
「わ、分かりました」
私は二階堂さんを背負ってブリッジへ向かった。
二階堂さんを椅子に座らせると、コンソールパネルを操作し、敵艦を拡大表示した。
「二階堂さん、これから全門一斉発射で敵艦を破壊する。内部を見てきたあなたなら、機関室がどこにあるのか分かるのではないか?」
「分かります。後部中央です。もう少し、右斜め上ですね」
私と二階堂さんはモニタ上で機関室の位置を確認した。
サクラたちが敵の首領を討ち取ってくれたおかげで、艦内は指揮系統が混乱しているだろう。それは敵艦の動きが完全に停止していることからも推測できる。
今のうちに近づいて総攻撃をすれば、破壊は可能だ。
「光学迷彩解除。メディカルルーム以外の電力を最小限に設定。エネルギーを主砲に集中しつつ、全速前進!」
ストラ・ヴェンチャーは、地球圏に入って初めてその姿を露わにした。
きっと地球では大騒ぎとなるだろうが、それでも……取り逃すようなことはあってはならない。
「ボス、カトーを連れてきたわよ」
ブリッジのモニタには、地球の青い球体が映し出されていた。だが、それを眺める余裕はない。目の前の敵艦はまだ沈んでおらず、戦いは続いている。
「カトー、これから敵艦を破壊する。目標は既に設定済だから、砲撃を担当してくれ。ハカセはオペレータをやってくれ」
「まずはミサイルで一斉攻撃して外壁を破壊し、そこに主砲を撃ち込むということでいいか?」
「それでいい。主砲のタイミングはカトーに任せる」
「ボス、まもなく有効射程距離に入ります。3……2……1……入りました」
「よし、ミサイル装填。全門敵艦後部中央に向けて、発射!」
ドドドド……。
地響きのような轟音とともに、ミサイルが一斉発射された。
発射されたミサイルが漆黒の宇宙を切り裂くように進む。敵艦のシールドに当たる瞬間、閃光が走り、装甲の一部が吹き飛んだ。しかし、完全に破壊するには至らない。
敵艦のシステムが起動し始めたのか、艦体の一部がゆっくりと動き出す。時間との勝負だ。
宇宙では音がしない。
爆炎が上がったので命中はしたようだが、煙も広がらないのでどれくらい効果があったのか、把握するのに時間がかかる。
カトーが目を凝らして効果を確認しようとしている。
「効果確認! 側面に破損あり。主砲照準合わせ……発射!」
ステラ・ヴェンチャーの主砲は荷電粒子砲だ。
粒子加速に莫大なエネルギーを使用するため、連射が難しい。これで仕留められなければ、逃げられてしまう可能性がある。
だが……次の瞬間、敵艦は真っ二つに裂け、大爆発を起こした!
爆発の閃光がブリッジのモニタを白く染める。破片が宇宙に散らばり、炎が酸素のない空間で瞬きながら消えていく。
その光景はまるで、終焉と勝利の象徴のようだった。だが、それを喜ぶ余裕はなかった。
イチローとサクラはまだ意識が戻らず、ナミも機能停止をしてしまった。
たしかに勝った。しかし、この勝利はあまりに重すぎる。