「ハカセ、125番!」
目の前の壁が消えた。
私と進は、小型転送モジュールで壁に穴を開け、ショートカットしながら目的地に向かっている。
「サクラ、あと150mくらいだ」
進には特殊能力がある。
強い者が出す闘気を感じることができるらしい。
この能力を使って、私たちは闘気を感じる方向へ進む作戦を採用した。
宇宙海賊という性質上、強さが力関係を決めている可能性が高い。
つまり、強い者を探せば、それが首領ということになる。
それにしても、この船は本当に広い。ステラ・ヴェンチャーの何倍もありそう。
50機もの円盤が収容されていたのだから、当然といえば当然よね。
「ねえ、進。顔色がよくないけど、大丈夫?」
進は額に薄く汗を浮かべ、呼吸が浅い。普段なら戦闘中でも冷静な彼が、どこか落ち着かない様子だ。何かに怯えているのだろうか……。
「ああ、大丈夫だよ……」
「あなた、何か隠しているわね? もしかして……この船で一番強いやつ、私より強いの?」
「それは分からない。でも、サクラと同じくらいの強さを感じる」
「へえ、それは楽しみね。手加減なしで本気で戦えるってことよね?」
「俺は……多分役に立たないだろうと思う。正直なところ、サクラを戦わせたくない……」
そう……。実は私もなんとなく感じている。
とてつもなく強い何かがいるというのは、間違いないだろうと思う。
でも、戦いというのは戦闘力だけで決まるものでもない。
戦い方次第で、いくらでも手があるんじゃないかしら。
「いたぞ、あそこだ!」
目の前の通路の奥に、さらに多くの影が見えた。敵は減るどころか、次々と湧いてくる。まるで蟻の巣を突いたようだ。これでは前に進むどころではない……。
この船、どれだけ戦闘員がいるのよ! 倒しても倒してもキリがないじゃない!
直線距離だったら近いのに、どんどん敵がやってくるから、私たちはなかなか前に進めなかった。
しかも通路は狭いので、私が接近戦を仕掛け、進が銃で支援する形をとらざるを得ない。
一緒に並んで戦えると思っていただけに、ちょっと残念。
――
「サクラ、この先だ!」
いよいよ、最強の敵がいると思われるドアの前にやってきた。
かれこれ、20分近く戦い続けている。
ついに銃弾も尽きた……これが最後であってほしい。
「入れ!」
中から、意外にも若い女性の声がした。
私がドアを開けると、あちこちをヒラヒラのレースで装飾したピンク色の部屋だった。
部屋の中心には丸テーブルが置かれ、若い女性が食事をしていた。
船内が戦闘状態となっているのに? この人は一体何をしているのだろうか。
「貴様がこの船のボスか?」
目の前の女性は、悠然とフォークを動かし、ナイフで肉を切り分けていた。
こちらに気づいているのに、まるで気にも留めていない様子だ。まるでこれまでの戦闘が彼女にとって何の意味もないかのように……。
「そうよ、あなたたちもご一緒に食事をいかがかしら。ここまで来るのに疲れたでしょう?」
私は、女の向かいの椅子にゆっくり腰を下ろした。
「そうだな。この船の者は客人に銃を向けてくる礼儀知らずばかりだからな」
「あら? でも、どこの世界でも侵入者への対応なんて、そんなものじゃないかしら。ねえ、侵入者さん」
「サクラだ。こっちは二階堂」
「自己紹介ありがとう。私はフィリアーネ。3年前にここの主となったの」
「3年前? 7年前……惑星アルカンドルを襲ったのは誰だ!」
3年前だとすると、フィリアーネは進の星を襲った犯人ではない?
「惑星アルカンドル……懐かしい名前ね。私もかつてそこで暮らしていた」
「ふざけるな! ならば、なぜ仇の首領などになっている!?」
「私は、人質として捕まったんだよ。その後で兵士として実績を挙げ、この船を乗っ取ったんだ。分かるだろ? この船は海賊船で、力が全てなんだよ」
「じゃあ、アルカンドルを襲ったやつは……」
進の手が震えた。怒りか、困惑か、それとも絶望か。
彼の目はフィリアーネを射抜くように見つめているが、声はかすれていた。
「私が殺したよ。私にとっても家族の仇だからね」
「くそっ……じゃあ俺は、今まで何のために戦ってきたんだ……?」
「ならば、私の配下になるがいい。ここまで二人だけで来られた実力を評価してやろうじゃないか。死んでいった部下たちよりも役に立ちそうだ」
「お前の配下になるくらいなら、犬の配下になったほうがマシよ。そういえば、『力が全て』って言ってたわよね。つまり、私の方があんたより強かったら、この船は私のモノってことだろ?」
「ほう……私とやろうってのかい?」
「ああ、やろう」
緊張が張り詰める。
わずかに指を動かすだけでも、一触即発の空気が漂う。先に動いたほうが負けるかもしれない……だが、私に迷いはない。
私は丸テーブルを蹴り上げた。
そのままフィリアーネの顔を蹴ったつもりだったが、奴は私の蹴りを片手で受け止めた。
そこに進が飛び蹴りをした。
進の蹴りはフィリアーネの顔面を捉えた。しかし、奴はびくともせず、微笑すら浮かべていた。
「手加減は無用だ。本気でやれ」
私と進は左右から同時攻撃をしかけた。
だが、私の攻撃は全て躱され、進の攻撃は受け止めもしなかった。
「あ~、やっぱりこのままじゃダメか……。仕方ない……」
カチャリ……ガシャン!
私は、腕と脚に付けていた重りをすべて外した。総重量30キロ。
身体が軽くなる。
重りを外した解放感が、全身に漲る力へと変わる。まるで檻から解き放たれた獣のように、今こそ本気を出す時だ。