俺はメモを拾い上げた。
(みんな、ずっと正体を隠していてごめんね。みんなと一緒に過ごした時間がすごく楽しくて、つい言いそびれちゃったよ。ウチしかできないこと、ちゃんとやれたかな……? あ、カトリン、デートできなくてほんまごめんやで)
おい……なんだよ、これ。
俺にとって、ナミは何者だって良かったんだ。
本当によく喧嘩したけどさ、俺は結構楽しんでいたんだ。
全員で……生きて帰るって約束したじゃないか!
「ボス……こちら、カトー。ナミが……動かねえ……」
「……そうか……。ちょっと待ってくれ、今ナカマツに代わる」
「カトー君、今から言うことを聞いてくれ。まず、その現場の写真を撮ってください。その後、現場で回収できるものを全て回収して、ナミ君を連れて帰ってきてください」
ナカマツ……。そういえば、ナミはナカマツと仲が良かったよな。
あの二人は、時々静かに話していた。ナカマツが珍しく穏やかに微笑み、ナミが真剣な顔で耳を傾けているのを何度か見たことがある。俺はその光景を特に気にも留めていなかったが、今になって思えば、そこに何か重大な意味があったのかもしれない。
もしかして、何か知っているのか!?
「ナカマツ! ナミのこと……何か知っていたのか?」
「すまない、私は知っていた。だが、その話は後だ。破壊ロボットが自爆するかもしれないから、速やかに作業を開始してください」
「分かった。言われたとおりにしよう」
俺は……ナカマツに言われたとおり、写真を撮影し、ケーブル類やメモなど全て回収し、ナミの体を抱え上げた。
重い……。
そりゃそうだよな、ナミは機械なんだから。
俺はナミをガンガルまで運び、ステラ・ヴェンチャーに帰還した。
俺が帰還した瞬間、破壊ロボットが自爆を開始した。背筋を冷たい汗が伝うのを感じる。
「カトー!」
帰還した俺を、ボスが迎えた。
その顔は険しく、ナミ以外にも想定外の事態が発生していることが予想できた。
「戦況は?」
「サクラと二階堂さんが突入を開始した。だが、イチローが撃たれ、ナカマツが治療中だ」
「そうか……思っていたより良くないな……」
「カトー、ナカマツの指示を伝える。お前は破壊ロボットの制御室に一番似ている部屋へ行き、写真どおりに現場を再現しろ。部屋の備品は自由に動かしていい」
「了解!」
俺は敬礼をし、ナミをナミの研究室に運んだ。ナミの研究室は、あの制御室とよく似ていたからだ。
机の配置、壁際にずらりと並ぶ機材、薄暗い照明……まるでナミは、ここを制御室のコピーのように整えていたかのようだ。
不思議なもので、科学者というものは似たような部屋を好むのかもしれない。
回収してきたケーブル類を写真のとおりに並べていると、デスクの上にあったファイルが落ちた。
拾い上げて見てみると、俺たちと一緒に撮った写真が綺麗にファイリングされていた。
ページをめくるたびに、俺たちの思い出が詰まった写真が次々と現れる。ナミの満面の笑み、みんなでふざけ合っている姿、ハカセの制服姿……。どれも、ナミが大切にしていた時間の証拠だった。
ナミ……お前、本当に俺たちといるのが楽しかったんだな……。
きっと、自分の正体を隠していることを、ずっと言えなくて苦しんでいたんだろう。
気付いてやれなくて、本当にゴメン。
俺の頭に、ナミとの思い出がどんどん溢れてくる。
初めて会ったのは、俺の無線を聞いて走ってくる姿だったな。
そうか、お前は機械だから、動物が寄ってこなかったのか……。
警察署でトイレに行くと言って、そのあとナビレの死体を見たこともあった。
今にして思えば、あれもナミが高圧電流か何かで倒してくれていたのかもしれない。
イチローの作ったカレーで食中毒を起こさなかったり、計算で全くミスをしなかったり、ガンガルの操縦を人知を超えたレベルでできたことも、今なら全部説明できる。
不老不死の治療を拒んだのも、そもそも不老だからか……。
くそっ、俺は何も分かっていなかった。ただの変な女だと思っていた。
普通じゃない速度で計算を終え、誰よりも正確に射撃し、機械に妙に馴染んでいた。それなのに、俺は『ナミってすげーな』と感心するだけで終わっていたんだ。
ナミには『カトリンは女心が分からない』って散々言われてきたけど、本当にその通りだった。
現場の状況を再現した俺は、改めてその異常さに気がついた。
ナミは自分の指先にケーブルを繋ぎ、破壊ロボットのコンソールに直接接続していた。
おそらく、破壊ロボットを停止させるために、自らを接続する必要があったのだろう。
接続に必要なケーブルは、ナミが工具を使って作成したようだ。
ナミは、こうなることまで全て予想していたのだろう。
俺は拳を握りしめた。
ふざけるな。
ナミ、お前、ずっと一人で考えて、覚悟を決めて……それで、俺たちに何も言わずに逝くつもりだったのか? そんなの、あんまりじゃないか。