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第64話 満身創痍

 救出作業を5往復した頃、あの老人が大声で騒ぎ始めた。

 その声のせいで、敵に気付かれてしまった。


「くっ、もう気付かれたか……。進、予定より早いけど、大暴れするしかなさそうね」


 サクラ氏はそう言うと老人の元に行き、黙って何やら手渡したようだ。


「ハカセ、102番」


 その瞬間、老人の姿が消えた。

 いや、分かるよ。分かるけどさ……。


 とりあえず、今のサクラは怒らせてはいけないようだ。


「いたぞ! やはり侵入者だ!」


 敵の声が聞こえる。

 警報音が船内に響き、一気に警戒態勢となったようだ。

 救出作業を急がなくては……。


 嫌な汗が流れる……。

 防護服の内側にじっとりと汗が張り付き、呼吸が苦しくなる。金属の床に反響する銃声が、まるで自分を狙っているかのように響き、気持ちを焦らせる。

 往復を繰り返す度に、銃撃の音が大きくなっているように感じる。

 サクラ氏と二階堂氏が対応してくれているのだけど、俺を守る必要があるため持ち場を離れられず、接近戦に持ち込めないでいるようだ。


 ビスッ! ビスッ!


 十数回の往復をした頃、俺の体に銃弾が食い込んだ。

 衝撃とともに熱い痛みが走る。撃たれた部位からじわりと血が広がり、防護服が重くなる。膝が一瞬ガクンと揺れるが、倒れるわけにはいかない。


「イチロー! 大丈夫か!」


 サクラ氏の声が聞こえる。


「大丈夫。肩と足を撃たれただけだ……」


 だが、あと3回だ。

 なんとか、持ってくれ。


「イ、イチロー……その傷!?」


 船内に戻った俺を見て、ハカセが駆け寄ってきた。

 目にはうっすらと涙がにじんでいる。


「だ、大丈夫だ。あと2往復だ、なんとかなる……」


「そんな……無理はダメだよ」


「こうしている間も、サクラ氏と二階堂氏が俺を守るために銃撃戦をしているんだ。早く戻らなければ……」


 俺は再び、人質の元へ戻った。

 腕が震える。足にも力が入らない。


「進! 少しだけ一人で持ちこたえて! 私はイチローと共に人質を救出する」


「分かった。俺に任せろ!」


 サクラ氏が駆け寄ってきて、残りの人質を俺とサクラ氏で分担し、順番に帰還した。

 これで全員の救出に成功した……。


 なんとかやりきった……。

 そう思ったら、急に体の力が抜けてしまった……。


 ――


 私は涙が止まらなかった。大好きな人が、血まみれで私の目の前に倒れているから。

 イチローの顔色がどんどん悪くなっていく。血の匂いが鼻を突き、意識のない彼がこのまま目を覚まさないのではないかという恐怖が胸を締め付ける。


「イチロー、しっかりして! 目を覚まして!」


 私が叫んでいると、ナカマツが入ってきて、私の頬を叩いた。


「ハカセ君、しっかりしなさい! イチロー君は大丈夫です。私が必ず助けます。だから、ハカセ君はハカセ君の仕事をきちんとしなさい」


「でも……」


「でもじゃありませんよ。こうしている間も、皆戦っているのです。君はオペレータという大事な役目があるでしょう。持ち場を離れたら、皆が危険になるんですよ!」


 そうだ……。

 私がしっかりしないと、皆が危険になるんだ。

 イチローの事は気になるけど、ナカマツがきっと助けてくれるはず。


「ごめんなさい、私が間違っていました。イチローをお願いします」


「では、ここはハカセ君に任せます」


 ナカマツはイチローの止血を終えると、担架に乗せて医務室へ運んだ。


 そこへ、今度はサクラが帰還してきた。


「ハカセ、人質はこれで全員だ。ところで、イチローは?」


「さっき、ナカマツが運んでいった。命に別状は無いみたい」


「そうか、それなら良かった。ハカセが不老不死の治療を止めさせたのが正解だったな」


 あ、そういえば……。イチローはまだ不老不死だった。

 出血は多かったけど、自力で再生できるわよね。

 メディカルマシンに入れれば、きっとすぐに回復してくれるはず。


「そうね、私も気持ちを切り替えて、ちゃんとしなきゃ!」


「ここからはハカセのオペレータ技術が重要になるからね、頼んだよ」


 サクラは人質全員を近くの大部屋に移動させると、再び敵艦の戦いに戻っていった。



 - 同時刻:地上のカトー -


 俺はガンガルMkⅡの中でナミを待ち続けていた。

 なかなか戻ってこないことに苛立ちを感じていたが、ナミならきっと大丈夫だと何度も自分に言い聞かせていた。


 しばらくすると、破壊ロボットの動きが止まった。

 あれから円盤の増援もないし、地上戦は俺たちの勝利となったようだ。


 だが、ナミは一向に戻ってこなかった。

 俺はナミを探すため、ガンガルを降りて破壊ロボットの内部へと向かった。


 俺は……自分の目を疑った。


 破壊ロボットの制御室で、ナミは動かなくなっていた。呼吸も……していない……。

 冷たくなったナミの指先からケーブルが伸びていて、制御コンソールと接続されている……。

 これは……一体どういう状況なんだ!?


「ナミ! ナミ! しっかりしろ、目を開けてくれ」


 俺の必死の訴えは、ナミには届かなかった。

 くそっ、どうなってやがる……。


 絶望に押しつぶされそうになりながらも、ナミの周囲を見回す。彼女が何か伝えようとした痕跡はないか。そんなとき、かすかに揺れる紙片が目に入った。

 制御コンソールの上に、メモが1枚置かれていたのだ。

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