- 2ヶ月後 -
「検査の結果が出たよ。まずイチロー君だが、超回復力に変化なし。ハカセ君、超回復力20%減。サクラ君、超回復力5%減。これは仮説通り、炭酸飲料で間違いなさそうだね」
やった!
これで俺たちの目的の1つである『特効薬の探索』は達成ということになる。
移住先も地球でほぼ確定だろうし、全て上手く行っているんじゃないだろうか。
「ハカセ、やったね。これできっと大人になれるよ」
「そうだね、私……やっと大人になれるんだね」
「よかった……本当によかった」
俺の頬を涙が伝った。
見渡してみると、皆も泣いていた。
そうだよね、この10年間ずっと俺たちの悲願だったのだから。
「あのさ、ちょっといい? 皆治療はどうする? ウチ、もうしばらく治療をしたくないんだけど」
「そういうことなら、俺もこのまま治療を止めたい。ハカセとの肉体年齢差を縮めるためなんだけど、いいよね?」
これは俺にとって、とても重要なことだ。
治療の目処が立ったことで、俺とハカセはいずれ結婚することになるからだ。
そのためにも、ハカセの希望通り、俺は治療を止めるべきだと考えている。
「そうか、そういう意見もあるだろうね。数日、考えさせてくれ」
俺の意見に対し、意外にもボスが困惑の表情を浮かべていた。
- その日の夜 -
「ナカマツ、ちょっといいかい?」
私は、ナカマツの部屋を訪ねた。
彼には聞きたいことがいくつかあったんだ。
「ああ、ボスか。入ってくれ」
用意された椅子に座り、ナカマツが淹れてくれたコーヒーに口を付けた。
ハカセもそうなんだが、化学が得意な人ってビーカーでコーヒーを淹れるんだよな。
衛生的には全く問題が無いはずなんだが、どういう訳か飲みにくい気がする。
「会議での意見について、ナカマツの意見を聞きたいと思ってね」
「やはりその話か。難しい問題だね。正直なところ、イチロー君が治療を行わないとは思わなかったので驚いたよ」
「イチローは、ハカセとの結婚を最優先で考えているようだね。気持ちは分かるのだが、これまで特効薬を探すことを最優先にしていたから、私も想定外だったんだ」
「以前、ハカセ君が言っていたけど、私たちは『特効薬』と呼んでいて、飲んだらすぐに治るものだとイメージしていましたからね。こんなにゆっくり治るとは私も思いませんでした」
「ナカマツ、君はどう考えているんだ? ナミとイチローが治療を行わないと言ったとき、何か言いたそうな顔をしていたように思えたんだ。ここからは医師としてではなく、ナカマツ個人として正直な気持ちを教えてほしい」
ナカマツは、ふぅと大きく息を吸い、ゆっくりと天を見上げた。
「やはり、ボスは全てお見通しということですか。そう、私も治療を今すぐしたいとは思っていないのです。だって、そうでしょう? 治療をすれば死が近づいてくるんです。残りの人生が長いハカセ君とは違うんだよ」
「分かるよ。私も同じだからね」
「そうですか、ボスも……」
「自分が不老不死になったと知ったとき、とんでもないことになったと思ったんだ。これは何としても治療しなければ……とね。でも、特効薬が見つかってみると、惜しいと思えてきたんだ。人間とは不思議なものだな」
「私はね、医師として多くの人が死ぬところを見てきました。だから、人生というものは長さが全てではなく、どう死ぬかだと思っているんです」
「どう死ぬか……とは?」
「『自分の人生は楽しかったな』と思って死ねれば良いと思います。意外にも、そういう死に方ができない人の方が圧倒的に多いのです」
「そうだな。私も軍人として、人が死ぬところを何度も見てきたが、後悔して亡くなるところを多く見てきた」
「私は、今がとても楽しいのです。皆とワイワイ騒いだり、ラーメンを作ってもらったりね。若い仲間たちは孫みたいなものだから、イチロー君とハカセ君の結婚式は是非見てみたいものだ」
「私も同じだよ。イチローとハカセはいつか結婚するような気がしていたが、その時が来てみると、嬉しいような寂しいような複雑な気分だな。だが、すごく楽しみではある」
「ハカセはボスに父親役をお願いするみたいだね」
「これはやはり死ねないな」
「では、治療は各自の判断に任せましょう。そして、各自の判断を受け入れること」
「うむ。それがいいな」
「では、今日は飲み明かしますか。娘をイチロー君に取られてしまったお父さんを慰めなければならないようだから」
ナカマツは戸棚から、ウィスキーを取り出した。
こういうときのためにとっておいた、高級品らしい。
「実はな、ナカマツにもう1つ、大事なことを聞かねばならないんだ」
「……ナミ君のことでしょうか?」
「そうだ。カトーとサクラが、最近のナミを心配しているんだ。君は何か知っているんじゃないのか?」
「分かりました。ボスにだけは話さなければと思っていたところです。まず、結論から言えば彼女に問題はありません。洗脳もされていませんし、狂ってしまった訳でもありません」
「そうか、ならいいんだ。でも、ナミも治療をしないと言ったんだ。年をとった私たちとは違うのにだ」
「実は、彼女は……」
ナカマツから聞かされたナミの秘密……それはあまりに衝撃だった。
「そ、そんなことが……。だが、そうだとすれば、今までの出来事が全て……繋がる……」
「絶対に他言無用です。ナミ君は私たちの大事な仲間だということを忘れないでください」
「もちろんだ。これまでも、これからも……ナミは私たちの大事な仲間だからな」
私は、ナカマツのウィスキーをグイッと飲んだ。
だが、その高級な味が全く分からないほど、私は混乱していた。