「あっ、目を覚ました! よかった!」
私が目を開けると、イチローが私の顔を覗き込んでいた。
「ここはどこ?」
「ショッピングセンターの医務室だよ。ハカセがベンチで倒れていたので、俺が運んだんだ。貧血だってさ」
全力疾走したり、大泣きしたり、ほっとしたりで色々不安定な状態だったもんね。
そっか、イチローが運んでくれたんだね。
「いつも迷惑ばかりかけてごめんね。映画も台無しになっちゃったね……」
「それは別にいいんだ……。その……、西村さんから連絡があってさ、彼女が色々話したみたい……なの?」
「そうね、色々聞かせてもらったわよ。イチローがロリコンだってこともね」
『私のことが好きなんだよね?』って言ってやりたかったけど、恥ずかしくて……こんな変な言い回しになってしまった。
こういうところが、私の悪いところなのよね。
「もう否定できなくなっちゃったね。初めて会った日のこと……覚えてる?」
「あの病院で、私を助けてくれたんだよね」
「ハカセ言ってたよね、『10年後にお兄さんが独身だったら、私がお嫁さんになってあげてもいい』って」
「えっ、ちょっと……恥ずかしいじゃない。確かに言ったけどさ……」
「あれから10年、俺はこうして独身なんだよね」
そう言いながら、イチローはカバンから小さな箱を取り出した。
その箱を私に向けて開くと、そこには綺麗な指輪が輝いていた。
「えっ、それって……」
「ハカセ、俺と結婚してほしい。もちろん、結婚はハカセが大人になってからだから、それまでは婚約という形になるけどね」
うわっ、えっ、何がどうなってるの?
サクラのドッキリ企画じゃないよね!?
これ、プロポーズ……だよね?
「……はい。よろしくお願いします」
「よかった……ずっと伝えたかった」
「ありがとう。私も……ずっとイチローが好きだったよ」
どこからともなく、拍手が聞こえてきた。
あ、ここって、ショッピングセンターの医務室だったっけ。
こんなところでプロポーズしたのは、私たち以外いないだろうね。
っていうかさ、私が倒れなかったら、『超ジョーズ』とかいうサメ映画の後にプロポーズしたのかしら。
イチローって本当に変なセンスよね。
その変なセンスを、生涯見届けることになるんだろうけど。
「おめでとう。幸せになるんだよ~」
「頑張ってね、若いっていいわね~」
そんな声を掛けられながら、私たちは医務室を後にした。
そういえば、私が子どもに見えることを不審に思われなかったなと思い、イチローに聞いてみたところ、ちゃんと高校生だって説明したらしい。
日本だと結婚可能年齢は18歳らしいけど、婚約なら問題ないのかしらね。
帰り道にちょっと寄り道をして、都庁をバックに2人で写真を撮った。
もちろん、私の左手に指輪をはめて。
『婚約しました』って件名にして、みんなに送信してみた。
「お、さっそくカトー氏から返事が来た」
「なんて書いてあるの?」
「えっとね、『メイドとの結婚はどうすんだ、この裏切り者!』だって……」
「さすが、カトーね。予想通りのアホな返事だったわよ。あとイチロー、メイドカフェは禁止だからね」
「……あ、うん。次はサクラ氏だ。えっと……『殺す』とだけ……。俺、まだ手を出してないのに」
「なんだか、変な反応が続いているわね。もう少し、祝ってくれてもいいと思うんだけど」
「あ、ボス氏からも来た。『いつか、こんな日が来ると思っていました。でも、ちょっと早いので、処刑はサクラに任せます』って、またこんな感じ……」
「あはは、ボスもこんなジョークを言うのね。結婚式はボスに父親役をしてもらうわね」
「今度はナカマツ氏だ。『婚約おめでとう。ボスがショックでダウンしたよ』だって。ナカマツ氏はちゃんと祝ってくれたね」
「あとは、ナミだけだね」
「ナミ氏も来たよ。『ウチはこうなると思ってたけど、いくらなんでも早すぎん? やーい、ロリコン!』」
「私、見た目が子どもだから仕方ないんだけど、ロリって言われるのはちょっと嫌なんだよね。学校でもそういうあだ名で呼んでくるやつがいるのよ」
「俺、本当は年上のセクシーな感じなお姉さんが好きなんだよ。ハカセとは大分違うから言えなかったけど」
「知ってたわよ。だって、たまにサクラの胸元をじっと見てるもんね。気付いてないと思ってた?」
「うわぁぁぁぁぁ。なんでそれを!」
「私だって、特効薬を見つけて成長したら……サクラより魅力的になるかもしれないわよ。もちろん、そうならなくても返品は不可能です」
「はい……。肝に命じます」
二人でゆっくり話しながら、私たちは帰路についた。
今日だけは……転送装置は不要ね。