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第50話 人の修羅場は蜜の味ですよね

「ハカセ、おみやげ間違えちゃったみたい。ごめんね。はい、これ……」


 その夜、私のもとにイチローがやってきて、私のために買ってくれたおみやげを持ってきた。

 さっき私がもらった一升瓶の箱とは完全に異なる大きさの、オルゴールだった。


 嬉しい……んだけど、これ間違えるかしら?


「あ、ありがとう。さっきの箱とはずいぶんと大きさも、重さも違うようだけど?」


「あのとき、考え事をしていてさ、正直なところ何をしたのかよく覚えていないんだ。でも、結局サクラ氏が飲んだみたいだから、結果オーライだよね」


「そ、そうよね。あのさ、お礼ってほどじゃないんだけど、一緒に映画とか……どうかな。さっき、ナミから招待券を貰ったんだ」


 私はイチローに招待券を差し出した。

 ナミが言うには、『イチローなら絶対食いついてくる作品』って言ってたけど、本当かしら?

 なんか、サメが人間を襲うみたいな、明らかにスベってる作品なんだけど。


「あっ、これ見たかったんだよ! ハカセがこの映画を誘ってくれるなんて意外だな。こういうB級映画っぽいのは興味ないかと思ってた」


 まさか、こんなに喜んでくれるなんて……。

 ナミはイチローと趣味が似ているってよく言っているけど、私にはどうも理解できない領域なんだよね。


「喜んでくれてよかった。じゃあ、次の日曜にでも行きましょう」


「分かった。楽しみだね」


 あれっ、そういえば最近のイチローって、私との距離感が微妙だったんだけど、今日はすんなり受け入れてくれたような……。

 これって、素直に喜んでいい話なのかしら?


 ――


 次の日曜日、私たちは電車で映画館に向かっていた。

 私たちの自宅から約30分ほどだけど、イチローと並んで座席に座り、同じ景色を黙って眺めていた。


 花やしきのときは、すぐ近くまで転送装置で飛んだのに、今日は自宅からずっと一緒だった。

 これがちゃんとしたデートなら良かったのに……。私はそんなことを考えていた。


 映画館でチケットを発券し、待ち時間でパンフレットを眺めていたとき、後から声を掛けられた。


「あれっ、佐藤くん!」


「あっ、西村さん……」


 西村……、確かその名前は……。

 泥棒猫の名前じゃない!


 どんな女なのかと見定めてやろうと思ったのだけど、私は後悔をした。

 顔は地味だけど整った美人だし、スタイルが……なんだかすごい。特に胸に凶悪な武器を持っているじゃない……。イチロー、たまにサクラの凶器をじっと見ていることあるもんね、絶対好みのタイプじゃないの……。


 私は思わず、自分のぺったんこな胸を見た。

 私、こんな女に勝てるんだろうか……。


「もう、ひろみって呼んでって言ったじゃない」


 えっ、私の日本名も『ひろみ』だよ。

 名前まで一緒だなんて、なんか嫌だ。


「あ、そうだったね。ひろみちゃんも映画を見に来たの?」


「うん。噂の『超ジョーズ!』を見に来たんだ。佐藤くんも『超ジョーズ!』かな」


「そ、そうだね……。今日はその……連れも一緒なんだ」


「そう……あなたなのね……」


 泥棒猫は私の顔をじっと覗き込んだ。

 怖い……! きっとイチローはこの女に取られてしまうんだ……。そう思ったら、私は夢中で走り出していた。とにかくこの場から逃げたかった。


 私は、映画館に併設されているショッピングセンターを駆け抜け、中庭のベンチに腰を掛けた。

 ここまで来ればもう大丈夫。

 きっと、あの二人は仲よく映画を見るんだ……。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか私は泣いていた。


「ここにいたのね。探したわよ」


 聞き覚えのある声がして顔を上げると、やはり泥棒猫だった。


「なぜ?」


 なぜ、追いかけてきたんだろう。

 追いかけてくる理由が分からなくて、私はそう返した。


「あなた、佐藤くんの事好きなんでしょ? さっきの行動でよく分かったわ」


「あなただって……イチローのこと好きなのよね……?」


「うん。大好きだよ。でもね、彼に告白したけど振られたの。『ずっと好きな人がいる』ってね。『訳ありで告白はできない』とも言ってたから、あなたを見てピンときたのよ」


「えっ……」


 私は耳を疑った。

 イチローが私をずっと好きで、だからこの人を振ったというの!?


「私、まだ諦めていないわよ。でも、私のせいで佐藤くんの恋を壊してしまうのはもっと耐えられないの。今日は私が話しかけたせいで、あなたに変な誤解を与えてしまってごめんなさい。彼とは何もないから、安心してくれていいわよ」


 この人、すごいな。

 私だったら、ライバルの女に対し、こんなことを言えないと思う。

 でも、それほどまでに……イチローのことを好きなんだろうな。


「私、何も知りませんでした。ずっとイチローのことが好きで、でも振り向いてもらえなくて、何度も諦めそうになって……」


「うん、そうだろうね。彼もきっと同じ様に苦しんでいたと思うよ。じゃあ、私はもう行くね。映画は見ずに帰るから、二人で楽しんできてね」


「はい……ありがとうございます……」


 私は、泥棒……いや、西村さんの後ろ姿を見送った。


 そっか、イチローはちゃんと私のことを見ていてくれたんだ……。

 安心したら……なんだか眠くなってきたような……。

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