- 2日後 -
「ただいま」
イチローが合宿から戻ってきた。
私がイチローを出迎えると、なぜか目を逸らしたような気がする。
「おかえり……イチロー、楽しめた?」
「あ……えっと……うん……」
あ、やっぱり何かおかしい!
これは、まさか……あの泥棒猫(※ 西村さんのことです)のしわざじゃないの!?
私が困惑していると、イチローがカバンから大きな箱を出して、私に黙って差し出した。
「えっ、何これ?」
「あ、ハカセに……おみやげ……」
イチローはそれだけ伝えると、うわの空という感じで自分の部屋に戻っていった。
それにしても、これ……お酒じゃない?
私はサクラの部屋に行き、箱を開けてみると、予想通り新潟の地酒が入っていた。
「おおっ、これはなかなか良さそうな酒じゃん。でも、これをハカセへのおみやげに?」
「うん、私へのおみやげだって言ってた」
「これは……合宿で何かあったな。ところで、この酒……私が飲んでもいい?」
「いいよ。私、まだ飲めないし」
私がそう答えた瞬間、待ち切れないといった感じでサクラは瓶の蓋を開けた。
とくとくとく……。
コップになみなみと注がれたお酒を、サクラは一気に飲み干した。
「ぷはあ、いいねえ。五臓六腑に染み渡る……」
「サクラ、これどういう意味なのかな?」
「しらねえ~。イチローに聞けばいいじゃん」
「もう! ちゃんと話を聞いて!」
「今日も元気だ、お酒がウマい!」
サクラはそう言いながら、冷蔵庫を漁っている。
冷蔵庫の中には、サクラが買い込んだ酒のつまみが大量に備蓄されているのだ。
「サクラ、あなた完全におっさん化しているわよ」
「おっさんでも何でもいいよ。お酒が飲めるなら」
「ねぇサクラ……イチローがあの泥棒猫とどうなったのか聞いてくれない?」
「泥棒猫なんて言葉をハカセから聞くことになるとはなあ。自分で聞けばいいんじゃないの」
「それが出来たら苦労しないわよ。ねっ、お願いだから」
「分かったよ。今回だけだぞ」
――
コンコンコン……。
「はーい。あ、サクラ氏か」
「イチロー、ちょっといいかな」
「いいよ、入って」
イチローの部屋に入ったのは初めてだったような気がするけど、綺麗に片付いていて驚いた。
こいつ……。まさかとは思うが、いつ女が来てもいいようにとか考えてないだろうな。
「イチロー、旅行から帰ってから様子が変だけど、何かあった?」
「えっ……」
うわっ、こいつ……滅茶苦茶慌ててるじゃん。
やっぱり何かあったな。
「さっきハカセが貰ったおみやげなんだけどさ、お酒だったんだよ」
「それ、サクラ氏へのおみやげだった……」
「だよね。もう飲んじゃったけどさ、普通そんなレベルで間違えるか?」
「……あのさ、ここだけの話にしておいてほしいんだけど」
「分かった。それで何があった?」
やべえ、これは面白くなってきた予感。
ハカセに聞いてきてくれと言われたときは面倒くさいって思ったけど、意外といけるな。
『ここだけの話』だって? 知らん。あとでハカセとナミに教えよう。
「実は、同じサークルの女子に告白されたんだけどさ、俺断ったんだよ」
「ほう。好みじゃなかったのか?」
「いや、もうねドンピシャなんだよ。理想の女性が具現化したみたいな子なんだ」
「あ~、それで後悔してるんだ?」
「違うんだ。どう答えようか考えているときに、ふとハカセの顔が浮かんだんだ。そうしたら、もうハカセのことしか考えられなくなっちゃって……」
予想外の展開だった。
えっ、こいつハカセに本気で惚れてるの!?
これが本当なら、ハカセの恋が成就する可能性は高いということになるわね。
「そうか、イチローはロリコンだったってことか」
「茶化すなよ、大人になるまで手を出すつもりはないよ。俺は一人の女性としてハカセのことを好きなんだ」
「でもさ、私たちは時間が止まってるんだぜ。ずっと待ち続けるのかもしれないんだぞ。それでもいいのか」
「うん。もちろんだよ」
イチローは真っ直ぐな目をしていたので、きっと真剣なのだろう。
いつものようにからかってしまったけど、悪いことをしたな。
「そうか、乗りかかった船ってやつだ。私も応援してやるよ」
「ありがとう。サクラ氏が味方をしてくれるなら百人力だね」
あれっ、そういえば……ナミが言ったとおりになってるな。
確か……『イッチはハカセちんの事を絶対に選ぶよ』だったっけ。本当に選んじゃったよ。
「あのさ、この話……ナミに相談や報告をした?」
「いや、してないけど……なんで?」
「そっか、それならいいんだ。イチローはもう理解していると思うけどさ、ハカセと付き合うのはハカセが大人になってからだからな、焦るなよ。あとさ、ナミへの相談は控えてほしい」
「ナミ氏がなんで?」
「カトーも言ってただろ、最近どうも様子がおかしいんだ。しばらく様子を見たほうがいいと私の勘がそう言ってる」
「勘の良いサクラ氏が言うのなら、そうかもしれないね。分かった。これからはサクラ氏だけに相談するね」
うはあ。
私だけに相談だと!?
他人の恋愛話を独り占めできるなんて、最高じゃない。
私はこのあと、ハカセには『うっかり間違えただけだったよ』って伝えておいた。
変に意識されても困るからね。