ゴールデンウィーク初日、俺はサークルメンバーと共に、合宿先へ向かっている。
上越新幹線とバスを乗り継いだ先にある、新潟県の山奥にある温泉旅館だ。
アニメサークルの合宿で、なぜ山奥の温泉旅館なのか……俺には全く理解できないのだが、皆が楽しんでいるのを見ると多分俺の感覚がおかしいのだろう。
地球人はこういう理屈に合わないことをするものなんだね。
部長に聞いてみたら、親睦を深めるためだということらしい。
最近の俺たちは転送装置を使って移動できるので、こうやって時間をかけて移動することがなかったと思う。
都会とはあえて違う時間の過ごし方をするというのも、案外楽しいものなのだろう。理屈? 今日はそれを考えないようにしよう。
温泉に浸かりながら、俺たちはガンダムについて語り合った。
ファーストガンダム至上主義の人って、結構いるんだね。俺はSEED派なんだけど、それは邪道だって言われてちょっと落ち込んでる。
「佐藤くーん」
「あ、西村さんも風呂上がり?」
風呂上がりにベンチで涼んでいたら、西村宏美さんが声を掛けてきた。
「うん、今上がったとこ。あれっ、なんか元気ないね……何かあった?」
「実はさ、俺……ガンダムはSEED派なんだけど、皆が『SEEDは邪道だ』って言うんだ」
「えー、SEEDいいのにね。私もSEED派だよ。続編はちょっとアレだったけど」
「気が合うね。俺さ、ラクスの『でも、あなたが優しいのは、あなただからでしょう?』ってセリフが好きなんだよね。あのときのキラにとって、最高の慰めだと思うんだ」
「あのシーンよかったよね。でもさ……佐藤くんが優しいのも、佐藤くん……だからだと思う……」
彼女は俯きながら、俺にそう言った。
顔は真っ赤だけど、それはお風呂上がりだからなのだろうか……それとも……!?
「えっ、俺そんなに優しいのかな?」
「うん……。入学式の日ね、通り過ぎる人は見て見ぬふりだったの。助けてくれたのは佐藤くんだけ」
「そっか、日本人って案外冷たいんだね」
「そういえば、佐藤くんは外国育ちなんだよね、どんな感じだったの?」
「戦争ばかりしてたよ……俺の家族も……」
「ごめんね、変なこと聞いちゃったね……」
しばらく、なんとも言えない空気が流れた。
俺は、西村さんって不思議な子だな……って考えていた。趣味も同じだし、外見もすごくタイプなんだよね。
一緒にいて、すごく楽しいって思えるから、知り合えて良かった。
「こちらこそ、ごめんね。せっかくガンダムで盛り上がってたところなのにね」
「あのね、佐藤くん……」
「ん、どうした?」
「佐藤くんって、付き合っている人とかいるの?」
「いないよ!」
俺はなぜか必死で否定をしていた。
「その……私じゃ……だめかな?」
「えっ……」
俺は困惑した。
いや、悩むことないよね。こんなに可愛くて、性格もよくて、趣味も合うんだから。
「あっ、今すぐ答えてくれなくてもいいよ。急にこんなこと言われても困るよね、ゆっくり考えていいから。あ、でも……これからは私のことを『ひろみ』って呼んでくれたら嬉しいな」
『ひろみ』……。
その名前を聞いたとき、俺は我に返った。
俺の頭の中に、ハカセの笑顔が浮かんだ。
なぜなんだろう……理由は分からない……。
ハカセと西村さんは正反対だ。
俺とハカセは趣味も考えが全然違うし、訳の分からない理由ですぐ怒るし、グラマーとかセクシーとはかけ離れているし。まあ、体型は子どもだから仕方ないんだけど。
西村さんは好みのど真ん中なので、すぐにOKをすればいいはずのに、俺はその一言が出てこなかった。
そうか、俺……ハカセのことが好きだったんだな。
子どもだから、大人として接しなければ……と、自分の気持に蓋をしていたんだ。
自分の気持ちに気付いてしまってから、ハカセへの恋心がどんどん溢れていくのを感じていた。
「あの……ひろみちゃん。ごめんね、俺……ずっと好きな人がいるんだ。ちょっと訳アリで、今は想いを伝えられないんだけど、いつの日かちゃんと伝えたいって思っているんだ」
「そっか……じゃあ、仕方ないか。佐藤くん、優しいからきっと上手くいくと思う。私を振ったんだから、上手くいってくれないと困るよ」
「ありがとう。そして、本当にごめん」
俺はものすごいチャンスを潰したのだと思う。
でも、自分でも驚くほど、心の中は晴れやかだった。