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第48話 イチロー、もげろ!

 ゴールデンウィーク初日、俺はサークルメンバーと共に、合宿先へ向かっている。

 上越新幹線とバスを乗り継いだ先にある、新潟県の山奥にある温泉旅館だ。


 アニメサークルの合宿で、なぜ山奥の温泉旅館なのか……俺には全く理解できないのだが、皆が楽しんでいるのを見ると多分俺の感覚がおかしいのだろう。

 地球人はこういう理屈に合わないことをするものなんだね。

 部長に聞いてみたら、親睦を深めるためだということらしい。


 最近の俺たちは転送装置を使って移動できるので、こうやって時間をかけて移動することがなかったと思う。

 都会とはあえて違う時間の過ごし方をするというのも、案外楽しいものなのだろう。理屈? 今日はそれを考えないようにしよう。


 温泉に浸かりながら、俺たちはガンダムについて語り合った。

 ファーストガンダム至上主義の人って、結構いるんだね。俺はSEED派なんだけど、それは邪道だって言われてちょっと落ち込んでる。


「佐藤くーん」


「あ、西村さんも風呂上がり?」


 風呂上がりにベンチで涼んでいたら、西村宏美さんが声を掛けてきた。


「うん、今上がったとこ。あれっ、なんか元気ないね……何かあった?」


「実はさ、俺……ガンダムはSEED派なんだけど、皆が『SEEDは邪道だ』って言うんだ」


「えー、SEEDいいのにね。私もSEED派だよ。続編はちょっとアレだったけど」


「気が合うね。俺さ、ラクスの『でも、あなたが優しいのは、あなただからでしょう?』ってセリフが好きなんだよね。あのときのキラにとって、最高の慰めだと思うんだ」


「あのシーンよかったよね。でもさ……佐藤くんが優しいのも、佐藤くん……だからだと思う……」


 彼女は俯きながら、俺にそう言った。

 顔は真っ赤だけど、それはお風呂上がりだからなのだろうか……それとも……!?


「えっ、俺そんなに優しいのかな?」


「うん……。入学式の日ね、通り過ぎる人は見て見ぬふりだったの。助けてくれたのは佐藤くんだけ」


「そっか、日本人って案外冷たいんだね」


「そういえば、佐藤くんは外国育ちなんだよね、どんな感じだったの?」


「戦争ばかりしてたよ……俺の家族も……」


「ごめんね、変なこと聞いちゃったね……」


 しばらく、なんとも言えない空気が流れた。

 俺は、西村さんって不思議な子だな……って考えていた。趣味も同じだし、外見もすごくタイプなんだよね。

 一緒にいて、すごく楽しいって思えるから、知り合えて良かった。


「こちらこそ、ごめんね。せっかくガンダムで盛り上がってたところなのにね」


「あのね、佐藤くん……」


「ん、どうした?」


「佐藤くんって、付き合っている人とかいるの?」


「いないよ!」


 俺はなぜか必死で否定をしていた。


「その……私じゃ……だめかな?」


「えっ……」


 俺は困惑した。

 いや、悩むことないよね。こんなに可愛くて、性格もよくて、趣味も合うんだから。


「あっ、今すぐ答えてくれなくてもいいよ。急にこんなこと言われても困るよね、ゆっくり考えていいから。あ、でも……これからは私のことを『ひろみ』って呼んでくれたら嬉しいな」


 『ひろみ』……。

 その名前を聞いたとき、俺は我に返った。


 俺の頭の中に、ハカセの笑顔が浮かんだ。

 なぜなんだろう……理由は分からない……。


 ハカセと西村さんは正反対だ。

 俺とハカセは趣味も考えが全然違うし、訳の分からない理由ですぐ怒るし、グラマーとかセクシーとはかけ離れているし。まあ、体型は子どもだから仕方ないんだけど。

 西村さんは好みのど真ん中なので、すぐにOKをすればいいはずのに、俺はその一言が出てこなかった。


 そうか、俺……ハカセのことが好きだったんだな。

 子どもだから、大人として接しなければ……と、自分の気持に蓋をしていたんだ。

 自分の気持ちに気付いてしまってから、ハカセへの恋心がどんどん溢れていくのを感じていた。


「あの……ひろみちゃん。ごめんね、俺……ずっと好きな人がいるんだ。ちょっと訳アリで、今は想いを伝えられないんだけど、いつの日かちゃんと伝えたいって思っているんだ」


「そっか……じゃあ、仕方ないか。佐藤くん、優しいからきっと上手くいくと思う。私を振ったんだから、上手くいってくれないと困るよ」


「ありがとう。そして、本当にごめん」


 俺はものすごいチャンスを潰したのだと思う。

 でも、自分でも驚くほど、心の中は晴れやかだった。

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