「ねえ、イチロー」
「ん? どうした?」
私は帰宅したイチローに探りを入れてみた。
「今日、イチローは大学の入学式だったよね、どうだった?」
「地味な式典って感じだったね。日本ってこういう厳かな式を好むんだなって思った。高校の入学式もそんな感じ?」
「そうだね。かなり堅苦しい感じ。でも、それはそれでいいものだよね」
やっぱり、イチローは私の入学式にいなかったようね。
ということは……私の想像で作り出した声なのかしら……。
あの場面ではとても助かったけど、脳内でイチローに助けてもらったなんて……ちょっと恥ずかしいじゃない。
でも、あれは一体なんだったのだろう。
「友達はもうできた?」
「うん。仲良しグループができて、入れてもらったんだ」
「良かったね。楽しい高校生活が待っていそうだね」
「頑張った甲斐があったわね。イチローは誰か友達できた?」
「まだだね。あっ、一人居たな。困ってる人を助けたら連絡先を貰ったんだった」
イチローがポケットからメモを取り出したのを見て、私は驚いた。
一瞬だったけど、あれは間違いなく女の名前だ……。
――
「ナミ……ちょっと聞いて!」
私がガンガルの拡張パーツの設計をしていたところ、血相を変えたハカセちんが研究室に飛び込んできた。
どうせ、またイッチのことでしょ。
今日の入学式を監視ドローン経由で見ていたんだけど、ハカセちんが困っているのが分かったから、指向性スピーカーでイッチの声を耳元へ届くようにしてみたんだ。
この作戦は上手くいったみたいだけど、ウチのしわざだとバレちゃったかな?
「そんな顔して、どしたん?」
「イチローにね……女の友達ができたみたいなの」
「あ、そんなことか」
ほらね。
でも、イッチに女友達ができるなんて、ちょっと意外。
「そんなこと……じゃないわよ。これは一大事よ!」
「ふう……落ち着いて聞いてね。イッチだって学校行ってるんだし、女友達の一人や二人いてもおかしくないわよ。っていうかね、ハカセちんだって、学校の男子から告白されたりするかもよ。美人なんだし」
「えっ、私が?」
無自覚というのは怖ろしい。
でも、さっきゅんという超絶美人と一緒に暮らしていたのだから、美的感覚が狂ってるのかもしれないね。
「普通はね、15歳くらいの男子が12歳の子に告白するなんてありえんのよ。でもさ、15歳って偽って入学したんだから、小さくて童顔の子だと思われても当たり前でしょ」
「自分で言うのもなんだけど、そういう男子……ちょっとキモイわね。子ども好きってことよね?」
「いや、ハカセちんは10歳も年上のイッチに振り向いてもらおうとしてるんじゃん。イッチが本気になっちゃったら、そっちの方がよっぽどキモイって。ロリコンだよ、ロリコン!」
「うう……。でも、そう考えてみるとイチローって、意外とまともなのね」
ハカセちんの想いは一途なんだけどさ、若干歪んでる気がするんだよね。
変わり者同士、丁度いいのかもしれないけど。
「でさ、前にも言ったじゃん。イッチはハカセちんを選ぶってさ。ウチを信用してもろて」
「またその話……。まあ、悪い話じゃないから、嘘でも嬉しいけどね」
「じゃあさ、もう1つ教えておいてあげる。前に特効薬が見つかるって言ったじゃん。そのあとね、ハカセちんは成長期に入って背が伸びるよ。イッチと同じかちょっと高いくらいまで」
「えっ、そんなに伸びるの!?」
「おや、キスがしにくいかも……とか考えちゃった?」
ウチがそう言うと、ハカセがビクッと体を震わせた。
おっ、これは……。
「そんなんじゃないもん!」
「信じるか信じないかは、あなた次第です!」
「やっぱり、最近のナミはちょっとおかしいわよ。全然参考にならないじゃない」
あ、そういうこと言うんだ?
「じゃあさ、さっきの話に戻すけど、ハカセちんがモテて、何人かに告白されたらどうする?」
「即断るわよ。当たり前じゃない」
「それでいいんだけどさ、断り方次第では恨みを買うことになるから気をつけた方がいいよ。モテる子は女子にも嫌われやすいし、振られた男子にも恨まれることがあるよ。しかも、ハカセちんはトップ入学なんだから嫌でも目立つんだよ」
「ずいぶん詳しいわね」
「そりゃあ、経験者だからね。だからウチはもう学校には行かないんだ」
遠い昔の記憶。
あれで学校に行かなくなって、そのまま病気になったんだよね。
だから、ハカセちんには私と同じ思いはしてほしくない。
「ごめんね……私、そんなつもりじゃ……」
「気にしてないって。だからね、もしハカセちんが同じ状況になったら、ウチはアドバイスできないんだよね。この場合は、さっきゅんに聞くのがベストかな。ああいう感じの人は恨まれないからね」
「そうね。そんな状況になったとしたら、サクラならなんとかしてくれそうだもんね」
ウチは、現実にならないでほしいと願っていた。