「じゃあ、俺の動きをよく見ていてね」
俺は今日もハカセに料理を教えている。
今日はたまご料理を色々とやっているのだが、ハカセが割ると殻が入ってしまうのだ。
「すごい! 前から思っていたけど、イチローって手先が器用なのよね」
俺が片手でたまごを割ると、興奮した感じでハカセが感心していた。
「そんなに難しくはないんだよ。ほら、ここにヒビを入れて、あとはテコの原理だな。ここが支点になる感じ」
「なるほど、それなら私でもできそうな気がする。えっと、こうやって……あっ!」
ハカセの小さな手に握られていたたまごは、グチャッと潰れてしまった。
手がたまごまみれとなり、少し涙目になりつつある。
「大丈夫、どんな事でも失敗はつきものだよ。じゃあ、次は大根おろしでもやってみようか」
「わかった……やってみる」
ハカセは小さな手で大根を握り、必死でおろし金に擦り付けた。
そのとき、大根が手からすっぽ抜けて、キッチンの奥へ飛んでいった。
「大丈夫だから! 最初から上手くできる人なんて、滅多にいないからさ」
俺は慌てて大根を回収し、今にも泣きそうなハカセの前で膝をついて、そう諭そうとした。
「イチロー、ごめんなさい。また明日教えてくれるかしら……」
ハカセはそう言った後、項垂れながら自分の部屋に戻っていった。
二度も連続で失敗したのだから、プライドの高いハカセには辛かったのだろう。
あれっ……。
その時、俺は大事なことに気がついた。
ナミ氏が言っていた『俺がハカセよりも得意なこと』って、料理のことなのかもしれない。
そうか……だとすれば!
- 3日後 -
「みんな、やっと俺の発明品が出来たんだ。すごい発明品だからって腰を抜かすなよ」
「イッチ、フラグ立てまくってるけど……大丈夫そ?」
「ま、イチローのことだからな。今日は思いっきり笑わせてもらうぜ。な、ハカセ」
くっ、相変わらず女子勢は辛口だな。
まあいいだろう。今は勝手に言わせておけばよいのだ。
「さあ、見やがれ!」
俺が発明品の上にかけていたシートを取ると、2つの発明品が姿を現した。
どうだ、すごいだろう。
「えっと……これは一体……?」
「見て分かるだろ、『全自動たまご割り機』と『自動大根おろし機』だ!」
「うわあ、やっぱりイチローだな……お前は本当に期待を裏切らない……」
カトー氏は、あからさまにがっかりした表情を見せた。あれっ、思ってた反応と違う。
周りを見回してみると、ハカセは何故か睨んでいるし、他の皆は呆れた顔をしている。
えっ、なんで?
「イチロー、ちょっとビックリしたんだが、一応実演してみてくれないか」
ボス氏!
そうこなくっちゃね。実際に見たら、皆驚くに違いない。
「もちろんだよ。まずここにたまごを入れて、このボタンを押すと……ほら、たまごが割れて、中身がこのお皿に残るんだ」
「イチロー、この間チャーハンを作ってくれたじゃん? あのとき、すごいペースで割ってたと記憶してるんだけど……手で割ったほうが早くない?」
「あっ……」
くそう、さすがはサクラ氏……。
なかなか痛い所を付いてくる。
「いや、『あっ……』じゃないよ。両手に持って同時に割ったりできるんだからさ、これ意味ないじゃん」
「では、気を取り直して……次の発明品です。ここに大根を挟んでスイッチを入れるだけ! 今度は手作業より早いからね。スイッチオン!」
しゃーこ、しゃーこ、しゃーこ……。
ちょっと、皆黙って見てないで何か言って!
「でさ、この大根おろし何に使うの? 多分だけどさ、1年に1回使えばいいくらいだよね」
サクラ氏!
だから、そういうツッコミやめて!
「大体さあ、たまご割りとか、大根おろしとか、別に機械化しないと困るなんてことないじゃない。誰でもできるんだから、手作業で十分でしょ」
「……わたし……むり……だもん」
「えっ? ハカセ?」
きょとんとした顔でハカセを見るサクラ氏。
「だーかーらー、私はたまごも割れないし、大根も満足におろせないのよ! もう、サクラなんて大っきらい! イチローも、こんなものを作ってさ……私を馬鹿にしてるんでしょ。大っきらい!」
ハカセは泣きながらそう怒鳴ると、宇宙船の自室に籠もってしまった。
良かれと思って作ったのに、ハカセを傷つけてしまった……。
どうしよう……。
「さっきゅんの悪い癖が出たね……さすがに、あれはないわ。イッチはとりま死んでもろて」
ちょっ……ひどすぎない?
「そう言うけどさ、ハカセのことだなんて分からないじゃない?」
「イッチが作ってるんだから、なんとなく危なそうだって分かるじゃん。さっきゅんいつも言ってるよね、ハカセちんがおかしいときはイッチのしわざだって。逆もそうなんだよ」
「ああ、そうか……そうだよな。迂闊だった……」
えっ、ちょっと待って。
俺、滅茶苦茶ディスられているんだけど。
確かに、ハカセの性格を考えたら、あんな物を作るべきじゃなかったのかもしれないけど……。
「ちょっと皆落ち着いてくれ。サクラとイチローは宇宙船の自室で待機。ハカセのフォローは……ナミに頼めるか?」
「りょ。ボッスン、任せといて」
俺は、自室のベッドで横になった。
ハカセに喜んでもらおうと思っていたのに、最悪の結果となってしまった。
人の心は難しい……。