「こちらナミ、皆聞こえてる?」
「こちらハカセ、聞こえてるよナミ。何かあった?」
真剣なナミの声に、慌てて反応するハカセ。
何かトラブルでも起きたのだろうか。
「ゴール地点付近に何かいるみたい。帰還する前に調査してみるね」
「ナミ! 無茶はするな。一旦こっちに戻るんだ」
ボス氏はそう指示したのだが、ナミ氏との通信が切れてしまい、残念ながら指示は伝わらなかったようだ。
俺たちはナミ氏からの応答を待ち続けた。
10分、20分……1時間、2時間と静かなまま、時が流れていた。
「ざ……ざざ……こちらナミ……皆聞こえる?」
「ナミ! 大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。なんか通信機器の具合が良くないみたいだったけど、回復したみたい。調査結果だけど、特に何も見つからなかったので、これより帰還するね」
良かった……。
それにしても、一体何だったんだろう。
帰還したナミ氏には特にダメージを受けている様子もなく、むしろ機嫌がいいようにさえ感じた。
こっちは皆で心配したのに!
「ナミ~、心配したよお~」
ハカセが泣きながら、ナミ氏に抱きついた。ナミ氏はハカセをギュッと抱きしめたあと、俺の方を見て微笑んだ。
あれっ、ついさっきまで『豚野郎』呼ばわりされていたはずなのに、どういう心境の変化なのだろうか。
「ボス、ガンガルのメインパイロットはウチで決まりだよね?」
「そうだな、ナミが最善だと思う。だけど、複座式にしているんだから、カトーが砲撃手として乗ることもあるかもしれんぞ。あと、イチローも万が一ということがあるかもしれないから、一応練習しておくように」
そう、ガンガルのコックピットは複座式となっている。狙撃などの集中力が要求される一部の作業だけを分担できるのだ。
こうすることで、ナミ氏が操作し、カトー氏が狙撃するといった戦術が取れるようになる。
「分かってるよ、ウチほどじゃないにしても、カトリンもなかなかやるじゃん。見直したよ」
「驚いたのは俺の方だぞ、あんな速度を出したりして、体は大丈夫だったのか? 俺でも耐えられるかってレベルだったぞ」
「ん~、ウチだってあれが限界だったよ。でもさ、なんだか気持ち良くて、まるで自分自身のようだったんだよ。分かるかな?」
「そうだな……分かるよ。あれは一流のパイロットだけが感じる境地だけどな……」
「そっか、ウチはもうパイロットなんだね。カトリン、戦い方のコツを教えてくれる?」
「俺でよければ教えてもいいが……お前、なんかおかしいぞ」
「ウチがおかしい?」
「ああ、見た目はいつものナミと変わらないが、顔つきや話し方が……なんていうのかな……優しい感じになってるような気がするんだよ」
あ、それは俺も思ってた。
さっき、俺の方を見て微笑んだけど、いつものナミ氏なら勝ち誇った感じになるもんな。
あの数時間の間に、何かがあったのだろうか。
「失礼ね! ちょっと優しくしただけで、なんで『おかしい』とか言われなきゃならないのよ」
ナミ氏は、カトー氏に向かってそう言うと、怒りながらどこかへ行ってしまった。
「イチロー、お前はどう思う?」
「俺もすごく違和感を感じていたんだよね。あの数時間の間に、何があったのかは気になるところだよね。例えば、別の何かと入れ替わっていたり、洗脳されていたりとか……もしそうなら、結構大変なことだと思う」
「だよな。ハカセはどう感じた?」
「私は、特に何も感じなかったよ。確かに上機嫌には見えたけどね」
「っていうかさ、数時間の間、宇宙をたった一人で捜索していて、上機嫌になる要素なんてあるか?」
カトー氏の意見には一理ある。
もし、俺だったら不安で疲弊するんじゃないかな。上機嫌になる可能性は、ちょっと思いつかない。
「そう言われてみれば確かにそうよね……。じゃあ、私も確認してみるね。ちょうどナミと話したいことがあったしね」
――
「ナミ、ちょっといい?」
「ハカセちん、どしたん?」
私はナミと話してみることにした。
私とナミの間でしか知らない話をすれば、本人なのかは分かると思うから。
「ガンダムを作るときに話した計画があったじゃない。私が思っていたより上手くいったなって思ってね」
「だから言ったじゃん。ウチはこういうのが得意だから、カトリン相手だって勝てる見込みがあるってね」
そう、私たちはボスに3つの条件を提示したんだよね。
・機体の選定は私たち二人に任せてほしい。
・パイロットは希望者全員でテストをした結果で決めてほしい。
・開発中は立入禁止にしてほしい。
機体の選定は最初からガンガルを採用するつもりでいた。イチローの好き放題にちょっとイラっとしたからね。
性能さえ良ければボスは文句も言わないだろうし、私たちのささやかな反抗みたいなものだった。
だから、開発中は見せないようにしていたという訳。
イチローは文句を言うだろうけど、ガンガルとガンダムの違いが分かってないフリをすれば、諦めるしかないだろう。
本当はナミがよく知っていたのだけどね。
一番気になっていたのは、ナミがパイロットに志願するという話。
ナミには悪いけど、私はナミがあれほど圧勝するなんて想像もつかなかったんだよね。
今にして思えば、あれほどの実力があったのだから、かなりの勝算があったのだろうと思う。
「それにしても、驚いたわよ。まさかカトーを圧倒するほどだったなんて、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「ウチがカトリンより上手いって言ってもさ、ハカセちんは信じなかったんじゃないかな~」
「そうかもね。何にしても、計画が上手くいって、すっと晴れた気分なのよ」
「ウチもね、計画が上手くいったのもあるんだけどさ、操縦も楽しかったんだよ。帰ってきたときにカトリンから難癖付けられたけどさ、本当に楽しかったんだからしょうがないじゃんね」
あ、そういうことだったんだね。
計画の話も辻褄があっていたし、洗脳だとか入れ替わりの可能性は薄いかなって私は思った。
カトーとイチローには、これ以上詮索はしないように言っておかないとね。