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第36話 ナカマツがイチローに相談をするらしいですよ

「イチロー君、ちょっといいかな? 実は相談したいことがあってね……」


 俺、イチローは少し驚いている。

 誰かに相談することはあっても、相談されることなんて無かったからね。

 わざわざ俺の部屋にまで訪ねてくるなんて、余程困っているのかもしれない。


「あ、もちろん大丈夫だよ」


「私が体を鍛えていることは、君もよく知っていると思う」


 そう、ナカマツ氏といえば、鍛え抜かれた肉体美なのだ。この体を維持するために、トレーニングを欠かさず行い、ストイックな食事を心がけているらしい。

 俺たちは不老不死なので、別にそんなことをしなくても体型が変わらないのだけれど、日課として続けているのだそう。

 俺には絶対できそうにないから、その点だけでもすごく尊敬しているんだよ。


「うん、知ってる」


「でね、今日……サクラ君と二階堂君に連れられて家系ラーメンの店に行ったんだよ。そして、そこで食べたラーメンの味が忘れられないんだ……」


 家系!?

 ストイックなナカマツ氏とは相反する存在だよね!

 サクラ氏、なんでそんな店に連れていったんだよ。


「ナカマツ氏としては、これからもストイックな食生活をしたいのに、ラーメンも食べたいという板挟みになってるってことだよね」


「そうなんだ……こういう食べ物のことはよく分からないから、イチロー君が頼りなんだよ」


 うわあ、頼りにされるって気持ちイイ~。

 思えば、船内での俺のポジションといえば、雑務だからね……基本誰にも頼られないんだよな。


 よし、俺にできることなら、なんでもしようじゃないか。


「でもさ、不老不死なんだから、別に体型維持なんて考えなくてもいいと思うんだけど?」


「そんなことを言っていると……不老不死が治ったあと、どんどん太っていくことになるよ。私は医者だからね、いつ治ってもいいように備えているんだよ」


 うっ、確かに……。

 この船内で一番不摂生をしているのが俺だもんな。

 最近じゃ、いわゆるジャンクフードか、メイドカフェで食べる軽食かってくらい偏ってる。


「……俺のことはさておき、ナカマツ氏はどうしたいの? ラーメンを絶ちたいのか、それともなんとかして食べたいのか、どっち?」


「……できることなら、どうにかして食べたいんだ。矛盾していることは分かってるんだが、無理を承知でお願いしたい」


「分かったよ。じゃあ、カロリーと塩分を控えめにしつつ、できるだけ味を近づけたラーメンを作るって感じかな」


「おお、やってくれるか! やっぱりイチロー君に頼んで良かったよ!」


 お願い、もっと言って!

 褒められることに慣れてないから、思わず涙が出そうになったよ。


 ――


 その日から、ナカマツ氏のためのラーメン、つまり『イチロー家』を作りはじめたのだが、ここで思わぬ問題が発生した。

 臭い問題である。


 豚骨スープを煮出していると、相当臭いらしく、ハカセとナミ氏が『くさい! くさい!』とクレームをつけてきた。

 ナミ氏に至っては、俺のことを『豚野郎』と呼び出す始末だ。

 さすがに、酷すぎない?


 と思ってたら、あの人がやってきた。


「おっ、いい匂いがするな~」


 サクラ氏!

 やっぱりサクラ氏は分かってくれる。


「これね、ナカマツ氏に頼まれて、低カロリー・減塩のラーメン開発をしてるんだよ」


「イチローにしては偉いじゃん。じゃあ、私も手伝ってあげよっかな~」


 『イチローにしては』というのが気になるところだけど、手伝ってくれるのはありがたい。


「それはありがたいけど、手伝うって、何を?」


「そんなの決まってるじゃん。私が試作品を全部たべ……試食してあげようという、優しさが溢れる手伝いだよ。お礼はビールを付けてくれればいいからな」


 えっ、なにこれ……。

 サクラ氏だけが得をするような気がするんだけど。


「まあいいか。でも試作品なんだから味は保証しないよ。あと、残さず食べてね」


「私が残したところを見たことがある? あ、わざとマズイものを作ったりしたらぶっ殺すからね」


「……」


 くそっ、見抜かれてたか。

 しばらくはラーメン作りで忙しくなりそうだ。



 - 3日後 -


「イチロー、やっぱり臭いね。臭い割に全然美味しくないし」


「えっ、美味しくない?」


「うん。というかさ、何もスープからガチで作る必要ってないんじゃないの? 普通にスープとか麺だけで売ってるでしょ」


「あ、そうか。実は麺も自分で作ってた……」


「あんた、馬鹿じゃないの? ナカマツだって、そこまで要求はしてないでしょ。まずはスーパーで買ってきた食材で作ってみて、それを改造していけばいいんじゃない?」


 俺はショックだった。今までは手間をかけた分だけ美味しくなると思っていた。

 でも、やっぱりプロのラーメンは凄いね。素人が多少真似したくらいじゃ、足元にも及ばないということを思い知った。


「そうだね、このまま続けたら船内が脂でギトギトになっちゃうところだったよ」


「あ、ほら。こういうサイトがあるらしいよ」


 サクラ氏は携帯端末を見せてくれた。

 地球人が作ったレシピサイトなんだけど、名店の再現レシピがいくつも載っている。


「うわあ、最初からこれを見れば良かったのか……」


「このレシピなんか、カロリー低めっぽいじゃん」


 サクラ氏が選んだレシピを見ると、確かにカロリーが低めだ。

 他にも通販でスープを入手できるサイトも見つかった。

 俺の今までの努力は一体何だったのだろう……。


 ――


「イチロー君、美味しいですよ。やっぱり君に頼んで良かったよ」


 ナカマツ氏は、満面の笑顔でそう言ってくれた。

 でもなあ、材料のほとんどがスーパーで買ってきたものなんだよな。


 俺は、正直にナカマツ氏に打ち明けた。


「ということで、俺はそれほど役に立ってないんだよ。むしろ、サクラ氏の方が色々と考えてくれたかもしれない」


「いや、君は頑張ったと思うよ。私は『ヘルシーな家系ラーメンが食べたい』とお願いをしたんだよ。一から全て作ってくれということじゃないよ」


「それはそうかもしれないけどさ、俺は自分の力不足を痛感したというか……」


「そんなことはないよ。サクラ君がヒントをくれたかもしれないけど、麺やスープ、肉の選定から全部やってくれたのだろう。それも立派な仕事じゃないか。私はね、イチロー君にお願いして本当に良かったと思ってるんだよ。ありがとう」


 ナ、ナカマツ氏……。

 俺、もっと頑張るよ。


「イチロー、良かったな!」


 こっそり見ていたのだろうか、サクラ氏がひょっこり現れて、ナカマツ氏の隣の席に着いた。


「よし、サクラ氏の分も作るよ! あ、まずはビールか……」


「イチローも食べろよ。今晩は3人で飲み明かすぞ!」


 こうして、俺のラーメン物語は終わりを告げた……はずだったのだが……。


 ナミ氏が俺を『豚野郎』と呼ぶのは……しばらく続くのであった。


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