「私さ、婚約者がいたんだよね……」
サクラの恋愛事情には興味を持っていたのだけど、それは思わぬ告白だった。
「『いた』ってことは、過去形だよね……」
もちろん、意味は分かる。
だって、私たちの星は人類が滅亡したのだから。
「私、モデルをやってたって話たっけ? 同じモデル仲間のイケメンなんだけど、気配りのできる優しい男だった」
「イチローみたいな?」
「いや、もっとしっかりとした大人の男だったよ。私が病気で死ぬって分かったときも、『それでも、ずっと一緒にいたい』ってプロポーズしてきてさ……私は断ったんだよ。だって死ぬんだから」
肉を焼き続けていたサクラの手が止まった。
「それで、受け入れたの?」
「断っても、毎日病室にやってきてプロポーズしてくるんだよ。もうすぐ死ぬ相手にだぞ……。最後は私の根負けだよ」
「優しい人ね……」
「ああ、そうだな。私が幸せに逝けるよう、ずっと考えてくれていたんだろうな……。でも、ある日を境に来なくなったんだ。殺人ウィルス兵器で彼の方が先に……」
「そっか、辛いね……」
ナミがそう呟くと、サクラは暗い顔を止め、元の明るい顔で肉を食べ始めた。
「湿っぽい話はこれくらいにしよう。私たちは亡くなった人の分まで幸せになるんだからさ。ほら、肉食おうぜ」
いや、もう食べられないよ。
さっきから、ずっとサクラだけが食べているじゃない。
「さっきゅんはさ、いつか結婚したいとか考えてる?」
ナミ、いい質問!
「そうだな~。結婚するとして、身内だと『おじいちゃん』『悪人顔のハゲ』『バカ』『ハカセ予約済』の4人だからなあ……。あるとすれば異星人かな、地球人とかさ」
「カトリンは? 同じ戦闘担当じゃん」
「あいつはダメだ。幸せになれる未来が想像できないだろ」
「……あ、ウチも想像できんわ」
ナミ……。
ちょっとカトーが可哀想に思えてきた。
「サクラ、カトーがダメな理由を聞かせて」
「ハカセ、恋愛ってのはさ、横に並んで同じ景色を見るようなもんなんだよ。価値観を共有できないのは恋愛じゃなくて、どちらかの我儘に付き合わされているだけの関係だ。カトーは横に並ぶというより、一人で勝手に歩いていっちゃうタイプじゃん。だからあいつは絶望的に恋愛に向いてないんだよ」
あれっ……?
私も結構イチローを我儘で振り回しているような気がする。
そういえば、この間の遊園地デートのとき、イチローは私の横で一緒に楽しんでくれたっけ……。
人力車とか、浅草観光とか、同じ景色を共有できたのは相手がイチローだったから?
- 同時刻:別の焼肉屋 -
「なあ、イチロー。この間の遊園地ってデートだよな? ハカセとはどうなってんだよ」
俺とカトー氏は地球の焼肉屋に来ている。
もちろん、メイドカフェに寄った後だ。
「カトー氏、俺とハカセは何も無いよ。知ってるだろ、俺が色っぽい年上の女性が好きだって」
「だよな。でもさ、ハカセは本気っぽい気がするんだよ。あまり期待させてしまうと可哀想じゃないか」
「あのときは、メディカルマシン欲しさで、何も考えずにナミ氏と約束しちゃったんだよ……。これからはもう少し考えて行動しないとダメだね」
「ハカセが聞いたら、怒るだろうな……」
「あ、カトー氏。監視装置の電源は切ってきたよね? この間(第13話 参照)みたいなことにならないように気をつけないとね」
「今日は大丈夫だ。ちゃんと切れていることを確認してきたからな」
あの時は大変だった。
数日間、ネチネチ言われ続けたからな。
カトー氏もサクラ氏との訓練のとき、当たりが強かったって言ってたっけ。
「でさ、ハカセの事だけど……。俺は絶対に手を出したらいけないって思ってる」
「さも凄そうな言い方だけど、それって当たり前だろ。ハカセは子どもなんだから」
「実年齢はもう22歳なんだよ。年齢でいえば十分大人なのは分かってるけどさ、本当に大人になるのは不老不死が治ってからだから、それまではちゃんと距離を取らないと……」
「俺がイチローの立場でも同じように考えるだろうな。でもさ、ハカセは美少女だし、将来はサクラみたいな美人になる可能性があるよな。その時になって後悔するかもしれないぞ」
「その時はその時だよ。ということで、俺もカトー氏と同じく、メイドさんと結婚することを目指そうと思う」
「おお、お前はやっぱり分かってるよな! よし、どんどん食おうぜ」
そうだよな。
未来のことより、すぐ手の届くメイドさんがいいに決まってるじゃないか!