イチローとの遊園地デートから3日、私は憂鬱な気分が続き、仕事中もぼんやりとしていた。
そんな私の状況を見かねてか、サクラが私とナミを夕食に誘ってくれた。
行先は予想通り、焼肉屋だった。
私、そんなに食べられないし、ガツガツ食べたい気分じゃないんだけどな……。
「地球って言ったな……。なかなかの星じゃないか」
サクラが突然、訳のわからないことを言い出した。
通行人が私たちをジロジロ見ているので、なんだか恥ずかしいじゃない。長身美女、金髪ギャル、そして子どもという奇妙な組み合わせだから、余計に目立つのかもしれない。
「花やしきに来たとき、上陸してるんだから初めてじゃないでしょ」
「そうなんだけどさ、なんかそんなことを言ってみたい気分なんだよ」
「それな。っていうか、地球人から見たらウチらって侵略者な説あるよね」
「よ~し、じゃあ今日は地球の食料を食らい尽くすぞ~」
「あはは、サクラなら本当にやりそうよね」
こうして、恐るべき侵略者となった私たちは焼肉屋に入店した。
サクラは席につくと、早速注文を始めた。
「店員さん、注文いいかしら」
「はいどうぞ」
「じゃあ、ここからここまで全部10人前ずつ持ってきて」
サクラ……いきなりそんな注文をするなんて……。
ほら、店員さん困ってるじゃない。
「えっ……お客様、相当な量になりますが大丈夫でしょうか?」
「この人、超大食いだから多分余裕です」
私が慌ててフォローしたおかげで、店員さんは戸惑いながらも注文を受け付けてくれた。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「私はビールを大ジョッキで」
やっぱりね。
サクラはお酒が大好きなんだけど、地球に来てからはビールばかり飲んでいる。
こういう偏食ぶりはイチローとよく似てるのよね。
「ウチはウーロン茶」
「じゃあ私もウーロン茶で」
――
「そろそろ本題に入りたいんだけど、ハカセ……何かあったよな? 話してごらん」
凄いペースで焼き肉を口に放り込みながら、サクラが私に聞いてきた。
「うん……ちょっとね」
「イチローがまた何かやったの? 場合によっては、私がガツンと言ってやるぞ」
「あのね……イチローから『妹』だって言われたの」
「そういうことか、難しい問題だな」
「ハカセちんはさ、イッチのことどう思ってんの?」
ナミの質問は私の痛いところをついていた。
私は……イチローのことをどう思っているのだろう。
好きではあるけど、どうなりたいとか、将来の関係性について何かを望んでいる訳では無いから。
「好きだと思っていたけど、どれほど本気なのか自分でもよく分からないの……。でも、『妹』だって言われて、胸が苦しくなった」
「じゃあさ……ウチがイッチと付き合いたいって言ったらどうする?」
「えっ、ナミってイチローが好きなの?」
「好きだよ。イッチはカトリンと違って、ちゃんと気配りできる優しい奴だし、料理は上手だし、顔もまあ……ギリギリだけど悪くはないじゃん。マニアックな性格だけど、ウチも似たようなもんだし、案外優良物件な説」
そうなんだ……。
イチローは他の女子から見てもアリだと思われていたなんて、想像もしていなかった。
「ナミみたいな美人で頭のいい子が相手なら、きっとイチローも喜ぶんじゃないかな……」
「そういうんじゃなくてさ、ハカセちんはそれで本当にいいの?」
「……嫌! 私、イチローを誰にも渡したくない!」
私が怒鳴ったものだから、他の席の客がこちらをジロジロ見てくる。
でも、私はそれどころじゃない。自分の中で初めて生まれた感情に、自分でも驚いている。
「それでいいんだよ。やっと自分の気持ちがハッキリしたじゃん」
「ナミ、ちょっとやりすぎだぞ。店員さーん、ハラミ10人前くださーい」
「ハカセちん、ごめんね。ウチがイッチと付き合うとか、ナシよりのナシだから安心してもろて」
「そっか……少し安心した。でもね、私……これからどうすればいいの?」
「もっと積極的に攻めたらどう?」
ナミはそう言うけど、今までも結構アピールをしてたと思うのよね。
これ以上だなんて、私には無理。
「あ~、それは悪手だぞ」
サクラが真剣な顔で、ナミに反論した。
真剣な顔なんだけど、肉を焼く手は全く止まっていない。
「なんでよ? 振り向いてもらえないんだから、もっと強気でいくしかなくね?」
「お前たちは勘違いしてるぞ。イチローはさ、ハカセを大事に思って気を使ってるんだよ。考えてもみろよ、イチローみたいな非モテがこんな可愛い女子に懐かれてるんだぞ。好意を持ってないはずがないだろ」
「ってことはさ、本当はハカセちんを好きだけど、まだ子どもだから我慢してるってこと?」
「微妙に違うな。私たちの不老不死が治ったとして、大人になったハカセが誰を選ぶのかはずっと先の話だろ。ハカセの幸せを本気で考えているから、その時のハカセに最良のパートナーが見つかることを願っているんだ。それが自分じゃなかったとしても……だ」
サクラの言う通りかもしれない。イチローって、そういうところあるもんね。
でも、私はそんなの嫌だ。
「私はイチローじゃなきゃダメなのに……」
「でもさ、将来のことなんて誰も分からないんだよ。例えば、イチローが不慮の事故で亡くなったとしようか。イチローはハカセにずっと自分だけ想い続けてほしいって思うかな?」
「……思わない。きっと、『早くいい人を見つけてくれ』って思う気がする」
「だろ? あいつはそういう奴なんだよ。店員さーん、ハラミ10人前追加~!」
「じゃあ、サクラはどうすればいいと思うの?」
「今は『お兄ちゃんが大好きな妹』で我慢するしかないな。でも、不老不死が治ったら話は別だ。一気に畳み掛けろ」
「たまにデートするのはアリ?」
「この間の遊園地デートくらいならいいと思うぞ。『お兄ちゃんが大好きな妹』ポジションでも違和感無かっただろ?」
悔しいけど、遊園地デートでのイチローは、私のことを『お兄ちゃんが大好きな妹』として見ていたのよね。
それでもきちんと成立していたのだから、あのくらいであれば問題なさそうということか。
「うん……。イチローずっと優しかったし、多分大丈夫だと思う」
「それにしてもさ、さっきゅんってすごいよね。ウチは恋愛経験が無いから……こういう時はやっぱり頼りになるなって思うわ」
私もナミの意見に賛成だ。
サクラはこれまでにどんな恋愛をしてきたのだろうか。