私とイチローは遊園地デートというものをしている。
『メディカルマシンを設置したら遊園地デートをする』という、ナミとの約束を守り、私をエスコートしてくれているのだけど。
でもね……。ここって、『浅草花やしき』よね?
私の脳裏には、華やかなディズニーランドのイメージが浮かんでいた。白いシンデレラ城にきらめくライト、耳をつけたカチューシャの群れ。それが、まさかこんな小さな遊園地に連れてこられるなんて、全く予想外だった。
「あれっ、なんか微妙な表情をしてない? せっかく来たんだから楽しもうぜ」
私はイチローに手を取られ、花やしきに連れて行かれた。
それにしても、改めて意識してみると、イチローの手って意外と大きいのね。私の手が小さすぎるのかもしれないけど。
こうやって手を繋いで歩く私たちを、他の人はどう見ているのだろう。
やっぱり恋人……には見えないよね……。
まあいいか。気を取り直して、遊ぶことにしよう。
「イチロー、ここのオススメに乗ってみたい」
「花やしきと言えば、日本最古のコースターがあるよ。別な意味で怖いらしいんだ」
別な意味って何だろう。
まさか、古いから壊れそうで怖いとかじゃないよね。
「じゃあ、それに乗りたい」
「よし、じゃあこっちだ」
ローラーコ-スターは待たずにすぐ乗れた。
ガタンガタンと大きな音を立てて動き出したのを見て、私は『別な意味』が何を意味しているのかを理解した。
「……」
「ぎゃああ!」
私の横でイチローが悲鳴を上げている。
私は、正直に言って別になんとも思わなかった。
ぱっと見だけど、力学的に安全だということが理解できたから。
むしろ、ステラ・ヴェンチャーの起動実験の方が余程怖かったくらい。
「イチロー、大丈夫?」
「うう……みっともない所を見せてしまったな……」
「みっともない所なら、いつも見てるから大丈夫だよ」
「もっと優しくして!」
「あはは」
そうか。
遊園地はどこに行くかも大事だけど、誰と行くかが一番大事なんだね。
……楽しい。
続いては、リトルスターという星型のアトラクションに乗ることとした。
これ、身長制限があって 130cm 以上でなければならないらしい。
私はちょうど 130cm なので、ギリギリ乗れるんだけど、改めて自分は子ども扱いなんだと思い知った。
その後、他のアトラクションを一通り回ったのだが、待ち時間がほぼ無かったので、あっという間に回りきってしまった。
時間はまだお昼だし、どうするの?
「ハカセ、花やしきはこれで終わりにして、浅草観光に行こう」
「それも面白そうね。イチローに任せるよ」
私たちは花やしきを出ると、少し歩いたところにある着物レンタル店へ入った。
イチローは前もって予約してくれていたらしく、私の身長にあった着物がいくつか準備されていた。
「これどうかな? ハカセのイメージに合っている気がするんだ」
イチローが紫陽花柄の着物を指さした。
うん、すごくいい。
「イチローが選んでくれたなら、これがいい」
私は奥の部屋で着付けと化粧をしてもらった。
化粧は、ときどきサクラがしてくれることがあるんだけど、今日は和服にあった化粧だからいつもと違う感じ。
化粧を終えて鏡を見せてもらったんだけど、『これ本当に私?』って思えるほどに変身していた。
奥の部屋から出ると、イチローも和装になっていた。
えっ、ちょっとカッコイイじゃない!
「お、ハカセ。すごくかわいいね! 着物も似合ってるよ」
ちょっとまって。
イチローってそんなこと言えるの!?
すごく嬉しいんだけど、雪でも降るんじゃないかしら。
「ありがと……。自分でもちょっと驚いてる。イチローもよく似合ってるよ」
「じゃあ、行こうか」
二人で手を繋いで歩いていると、すれ違う人が私の方をチラチラ見てくる。着物姿だから?
こうやって変身するのも、アリなのかもしれない。
少しでもイチローと似合いだと思われたらいいのだけれど。
浅草といえば浅草寺というくらい有名らしいので、いくつかのお堂の前を通りながら本堂へと向かった。
花やしきのすぐ近くにこんな立派な寺があったなんて、遊んでるときは全然気付かなかったよ。
こんな荘厳な建築物は、私たちの星では見たことがなかった。日本という国はすごく素敵だと思う。
本堂で祈願(もちろん『不老不死の特効薬が見つかるように』)をしたのち、仲見世通りを通って、浅草駅方面へと歩く。
駅の近くで人力車という、その名の通り『人力で進む車』に乗った。
私は科学者だから、科学の力で動作する乗り物を設計したりもするんだけど、これは正反対だと思った。
なんて非効率なのかしらと思ったのだけれど、俥夫(しゃふ:人力車を牽く人)さんの話は面白いし、現代と昔を融合したような景色に私は魅了された。
こういうのも、たまにはいいものよね。
――
浅草観光を十分に満喫したころ、日も暮れ始めた。
楽しいデートはこれで終わりかと思ったら、イチローが思わぬことを口にした。
「もう一度、花やしきに行くよ。ここからが本番なんだ」
えっ、何言ってるの?
いまさら行ってどうするつもりなのよ。
「ちょっと、イチロー。もう閉園時間だよ」
「いいから、いいから」
イチローに手を引かれ、再び花やしきに戻ってくると入場門の所に見覚えのある顔が……。
「はっかせ~」
サクラが私に向かって手を振っている。
もちろん、他のみんなも笑顔で私を待っていた。
えっ、なぜみんながここにいるの?
「実は、花やしきは貸し切りができるんだよ。今日はハカセの誕生日だったよね」
「私の誕生日だから、貸し切ってくれたの?」
「そうだよ。ということで、みんなでパーティだ!」
そうだったのね。
私、ディズニーランドじゃないからって、態度が悪かったことを反省した。
イチローはここまで考えて、花やしきにしてくれていたんだ……。
きっと着物を着せてくれたりしたのも、全部この貸し切りに繋がっていたのね。
ライトアップされた園内は、まるで夢の中にいるような幻想的な美しさだった。
事前に用意された豪華な食事のおかげで、サクラも上機嫌にビールを飲んでいる。
アトラクションも稼働しているので、何度も楽しむことができた。昼と夜じゃ、やっぱりテンションが違うものね。
「イチロー、今日はありがとう。私、一生の思い出にするね」
「喜んでくれて嬉しいよ。今日は俺も、すごく楽しかった。ハカセはこれからもずっと……俺のかわいい妹だよ」
妹……。その言葉は鋭い刃のように、私の胸を深く突き刺した。