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第21話 ステラ・ヴェンチャー④

 - 4年前(ワープ実験成功から1年後) -


 あれから造船作業は順調に進み、先程完成した。

 一番苦労したのはワープ制御装置だったが、宇宙船本体は3年前から仕様変更が起こりにくい箇所から製造を開始していたので、効率的に作業を進めることができた。

 それでも3年近くかかったのは、全長350mという圧倒的な巨大さが原因だと思う。

 宇宙の旅には様々なリスクが伴う上、文明のある星を巡ることを考えると、戦艦として設計する以外の選択肢はなかった。


 今日は7人で完成したステラ・ヴェンチャー内部を歩き、最終確認を行うことになっている。

 それにしても、とにかく広い! エコーする足音が、この空間の広大さをさらに強調していた。

 広いだけじゃなく、4階層なので高さもある。これを設計図を見ながら目視確認しているのだから、もう疲れて歩けない。


「よし、今日はここまでにしよう。ハカセも疲れているようだし、このまま船に泊まってみるのはどうだろうか」


 私の様子を見て、ボスが意外な提案をしてくれた。

 居住区の設備は見るだけじゃなく、使ってみるのも重要だと思うので、これは良い提案だと思う。


「それ、いいじゃん。部屋割りも決まっているみたいだし、ベッドも使える状態なんだよな」


 部屋割りは、居住区の中心部に集中していて、それぞれの部屋には最低限の生活設備が整えられている。ベッドにはふかふかの布団が敷かれ、机と椅子も配置されている。


「じゃあ、サクラはハカセを部屋まで運んでくれ。食料はまだ運ばれていないと聞いているから、今晩はイチローに任せたいと思う。イチローが必要だと思う食材だけ運び込んで調理をしてほしい」


「了解。疲れが取れるようなメニューを考えておくね」


 今日はイチローが食事を作ってくれるのか。イチローの料理は美味しいので楽しみだ。

 私も早く料理の腕を上げたいものだ。


「ハカセ、じゃあ部屋に行こうか。カモン!」


 サクラが私に背中を向けてしゃがんだ。あ、これっておんぶしてくれるの?

 サクラは背が高いので、おんぶしてもらっていると、いつもと違う視点で見ることができて楽しい。

 イチローとカトーは恐れているみたいだけど、やっぱり私はサクラが大好きだし、ずっと憧れの優しいお姉さんだ。


「サクラ、いつもありがとう」


「お礼を言いたいのは、私の方だよ。こんな凄い戦艦を本当に設計しちゃうなんてさ、こんなに大人がいるのにハカセとナミに頼りっぱなしで恥ずかしい限りだよ」


「こればかりは自分でも驚いているのよね。みんなと出会うまで自分にこんなことができるなんて、夢にも思わなかった」


「そりゃそうだよな。でもさ、改めて考えると凄いメンバーが揃ったものだね。イチローでさえ、美味い料理を作れるくらいだし」


「でも、イチローの味覚は独特だし、変な食材を使いがちなのが悩ましいところね」


「ハカセはイチローに厳しいなあ」


「そうかしら? みんなと同じように接しているつもりだけど……」


「ハカセの愚痴は大体イチローのことだぞ。興味が無い相手だったら話題にもならないだろ?」


 私、いつもイチローの話をしているのだろうか。

 自分では気付いてなかったけど、そう言われてみればそんな気がする。


「案外、自分じゃ気付かないものなのね……」


「ま、あれだ。気になる相手なのは分かるけど、求めすぎても良くないってことだよ。完璧主義のハカセには難しいかもだけど、ほどほどに妥協するのも人付き合いのコツなんだ」


 そういうものなのね。

 イチローはいつも私の我儘を聞いてくれるから、つい調子に乗ってしまうのかも。これからは気をつけないといけないな。


 ――


 コンコンコン。

 誰かがドアをノックした音で、私は目が覚めた。


「ハカセ、夕飯できたってさ。今日は疲れが取れるように肉料理だぜ~」


 私は上機嫌のサクラに手を引かれて食堂へ向かった。

 私たち以外は全員席について、静かに私を待っていた。


「さあ、全員揃ったね。今日はステラ・ヴェンチャーの厨房でイチローが調理してくれたんだ。じゃあ、いただこうか」


 皿の上にはこんがり焼けたステーキが載っており、甘辛いタレが絡んでつややかに輝いていた。鼻をくすぐる香ばしい匂いが、疲れた体に食欲をかき立てる。

 きっと疲れたと言った私に合わせてくれたのだろう。イチローはそういうことをいちいち言わないのだけれど、私には……ちゃんと分かるよ。


 おいしい……。


「いやあ、この厨房はいいね。研究所と比べると火力が違うんだ」


 イチローが上機嫌で鍋を振るようなそぶりをした。


「そうだろう。厨房の設計は他の船を参考にしたんだが、料理っていうのは長い旅をする上で最も重要な要素なんだ」


「ねえ、ボス。この船って厨房みたいに作り込んでいる部分もあれば、スカスカの部分もあるんだけど、この違いはどういうものなの?」


 そう、ずっと気になっていたの。例えば、戦艦なので主砲・副砲は最優先で建造したけれど、戦闘機は1機も搭載していない。

 こんな広い戦艦なのに格納庫は空なんて、ちょっと意味が分からない。


「これでいいんだよ。多分ハカセはもっと作り込みたいのだろうけど、やらないことをきちんと決めることが大事なんだ」


「やらないこと?」


「そう、何をやって何をやらないか。我々に必要なことは少しでも早く脱出することであって、今すぐ戦争をするわけじゃない。まずは必要最小限で出発し、必要に応じて装備を追加していくことが望ましいね」


「少しでも早くって気持ちは分かるけど、準備不足じゃないかって気になるの」


「例えば、どこかの星に特効薬があったとして、入手するためにタイムリミットがあったらどうする? それに、この星だっていつまでも安全な訳じゃないだろうしね」


 そうか、ボスの言うことには一理ある。

 未来のことは誰も分からないから、今できる最善の手を打たなければいけない。最善の手を打つためには、取捨選択が必要ということなのね。


 私は完全主義者だと、よく言われる。別の言い方をすれば、ちゃんと準備が整わないと前に進めないということ。

 ボスは軍人だったから、判断・行動の速さが優れていると思っていたけど、こういう部分が私と違うのだろう。


「おい、イチロー。肉が足りないぞ!」


「サクラ氏、必要ならもっと焼くよ」


「いや、私がもっと食べることくらい、予想しておけよ!」


「そう言うけどさ、さっきボス氏も『まずは必要最小限で』って言ってたじゃん」


「イチロー、よく覚えておけよ。私の胃袋は常に最優先事項だ」


 サクラがそう言うと、食堂が爆笑に包まれた。

 私もおかわりしようかな。


 こうして、私たちの宇宙船『ステラ・ヴェンチャー』は完成した。


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