高重力装置の生成が無事に成功した。
これで、ワープ航法の理論は半分ほど成功したと言えるだろう。
「ハカセ、高重力場を発生させたとして、それがなんでワープに繋がるんだ?」
イチローの質問はいつも素朴だと思う。でも、それが逆に私の思考を整理し、本質を見直すきっかけになることが多い。
実際、こういう根っこにある概念が一番大事だったりするんだよね。
「高重力場になるとね、物質を構成している素粒子が意図しない現象を起こすことがあるの。素粒子には多次元の情報が含まれていると言われていてね、これを操作することで空間を捻じ曲げて2点間を繋げるとことができるという仮説を立てているのよ」
「え、えっと難しくて分かんないけど、次元を操作するってことは神の領域に足を突っ込むってことか。やっぱりハカセはすごいなあ」
神の領域……。
そうか、神を科学的に定義し直すとすれば、『高次元にアクセスできる存在』とでも言えばいいのかも。
「ハカセちん、ちょっとこれを見てほしいんだけど……」
ナミが手にしていたのは、高重力場内で観測された素粒子データだった。
こ、これは!
「ナミ……。これは素粒子の消滅を示しているのかしら?」
「それな。消滅というより、どこか他の場所へ飛んでいった可能性があると思う」
「こうしちゃいられないわね。高重力場の形状を安定させる方向で計算式を見直して、再度実験しよう!」
「あ、どうやら俺はお邪魔なようだね。退散しまーす」
私とナミの緊迫した状況を見て、イチローが立ち去ろうとしていた。
そもそも、なんでイチローがここに居たのかもよく分からないのだけれども。
「イチロー、ちょっと待って!」
「ん、どした?」
「あのね、なんかよく分からないんだけど、イチローがいたら上手くいくような……。そんな気がするから、もうちょっとだけここにいて」
自分でも何を言っているのかよく分からない。
でも、私の勘がそう言っているの。
「あ~ね。ハカセちんにとってイッチは運命の人な説あるよね」
ナミがニヤニヤしながらからかってくる。
「そういうんじゃないの! ジンクスとかルーティンとか、そういう感じのやつなのよ」
チラッとイチローを見てみると、ナミのからかいを気にせず、呑気に本を読み始めた。
これはこれでイラっとするのよね。
イチローは私のことをそういう目で見ていないんだなって、そう思うと……胸がまた苦しくなる。
私は深呼吸し、とりあえずイチローのことは忘れることにした。
先程の結果を反映した新たな計算式はナミが作成してくれている。
数学に関して、私はナミに遠く及ばない。
こんな複雑な式だというのに、手を止めずにスラスラと書き続けている。
「ハカセちん、これでどう? 高重力場を円柱状で維持するようになってるはず」
すごい……。
私の仮説を完璧に反映してくれている。
これなら、いけるような気がする。
私たちは端末に登録されている計算式を上書きし、高重力装置の前にゴムボールを設置した。
上手くいっていれば、このボールは100m先まで転送されるはずだ。
祈るような思いで高重力装置を起動する。
ブウンと低い音とともに高重力場が形成された。
ゴムボールは……全く動く気配がない。
失敗かと思ったその瞬間……ゴムボールは消えて、100m先にその姿を現した。
やった!
成功だ。
私たちはワープ航法の理論を完成させたのだ。
「ハカセ! やったな。すごいじゃん!」
イチローが語彙力のない褒め方をしてくれたので、思わず吹き出してしまったが、本当に嬉しい。
この星では、まだワープ航法理論が確立していないので、私たちが初めてということになる。
もう褒めてくれる人はいないのだけども。
――
夕食時、私とナミはワープ実験に成功したことを報告した。
イチローはその瞬間を見ていたからいつも通りだったけど、他の4人は大騒ぎで喜んでくれた。
「これで、この星から脱出できるんだな……」
カトーが噛みしめるように、呟いた。
「カトー、気持ちは分かるが、まだ宇宙船が完成した訳じゃないんだ。2人に余計なプレッシャーを掛けないようにしてくれよ」
「ボスはそう言うけど、船はもう完成寸前だったよな」
「まあね。巨大な船だから時間は掛かってるけど、ウチに言わせれば技術的な問題は高重力装置だけだからね」
「そうか、じゃあそろそろ宇宙船の名前を決めようと思うがどうだ?」
「お、ボス。ハゲのくせにたまには良いこと言うじゃん。ハカセに決めてもらうのはどう?」
「サクラ! 外見の事を言うなとあれほど……。ともかく、今回はワープ実験を成功させたハカセに命名権がありそうだな」
えっ、私が名前を決めていいの!? どうしよう……。
今度はペットの名前なんて付けられないよね。
「ハカセ、難しく考えないでさ、船にハカセの想いを込めたらいいんじゃないかな」
私はイチローのアドバイス通り、船に対する想いを考えてみた。
「じゃあ、『ステラ・ヴェンチャー』ってのはどう? 宇宙を旅する新しい冒険を意味しているの。私たちがこの星から飛び立つだけでなく、新しい未来を切り開く象徴にできたらいいかなって」
「『ステラ・ヴェンチャー』か、いいじゃん。私もハカセと同じ想いだよ」
サクラは優しくそう言いながら、私の頭を撫でてくれた。
いつの間にか、私の頬に涙が伝っていた。それは、私の中で張り詰めていたものが切れたような感覚だった。
「ハカセ、最年少のハカセにいつも頼りっきりでごめんな。今まで大変だったよな……」
イチローが急に優しいことを言うものだから、私は自分の意思に反して号泣してしまっていた。
イチロー……こんな時に……ずるいよ。
「おい、イチロー。お前が一番頼ってたじゃないか! そのお前が泣かすんじゃない!」
「え~、俺が悪いの? サクラ氏ってさ、いつも俺に厳しすぎない?」
ぷっ。
「あ、ハカセが笑ってくれた!」
この日の私は、イチローに泣かされ、イチローに笑わされたのだった。
私にとって、一生忘れない日になったよ。