「イチロー、たまには一緒にゲームしよっ」
私はイチローの部屋へ遊びに来た。狭いけれど、ところどころに彼らしい個性が詰まった部屋だ。本棚にはぎっしりとマンガが詰まっていて、その一方で机の上は散らかり放題。まるで彼の頭の中を覗き見ているような空間だった。
初めて会った頃、私の遊び相手はイチローだったから、趣味が違う部屋でも懐かしさがある。
先日、イチローの作ったカレーライスを食べて、私は気を失うほどの重症に陥った。
それ以降、イチローはほとんど部屋にこもりきりだ。以前はしょっちゅうリビングで皆と顔を合わせていたのに、今では声すらあまり聞こえてこない。
責任を感じているのだろうと思うんだけど、悪気があった訳じゃないし、私は怒っていないことを伝えたかったから。
サクラは……滅茶苦茶怒ってたけどね……。
「あ、ハカセか。この間はごめんな。今ちょっと手が離せないんだ……」
イチローが一緒にゲームをしてくれないなんて、珍しいこともあるものね。
私の誘いを断り、コンピュータ端末に向かい、カタカタとキーボードを叩き続けている。
端末の前に座る彼の横顔は、まるで別人のようだった。普段の冗談好きなイチローではなく、何かに真剣に取り組む大人びた姿。少しだけ声をかけるのが申し訳ない気持ちになった。
集中して何かを作っているようなので、今日の所は引き下がることにしよう。
「カレーの事は、気にしなくて大丈夫だからね。部屋にいるから遊んでくれる気になったら呼んでね」
「分かった。じゃあ、後でね」
イチローは私の方を見もせずそう言って、集中して作業を続けていた。
ちょっと寂しい。
――
3日後、イチローから呼び出された私は、やっと遊んでくれるようになったのかと思ったのだけど、イチローの部屋ではナミが頭を抱えていた。
これは一体どういう状況なの?
「イチロー、何か用?」
「ハカセ、ちょっとこれを見てくれないか」
イチローは私に設計図を渡してきた。
そうか、最近何か作っていたのはこれだったのね。
設計図はいわゆる、治療機のようなものだった。
私たちの血液には不老不死の成分が含まれているらしいので、これを培養した液体に浸かる形で治療をするようだ。
「これ、イチローが考えたの?」
「うん。この間、俺の作ったカレーライスで皆を大変な目に合わせてしまったよね。もしあのとき、ナカマツ氏が外出していなかったら……ナミ氏にも症状が出ていたら……そう思ったら怖くなってさ」
「そう言えばそうね。偶然に救われたようなところがあるわよね」
「そこで、俺は考えたんだ。もし、ナカマツ氏がいないときでも、治療できる仕組みがあれば……とね」
そっか、やっぱりイチローは責任を感じていたんだね。
そこまで思い詰めなくても……と思ったけど、イチローが言っていることも一理あるわよね。
「でね、ハカセちん……。この設計図なんだけど、間違いだらけのポンコツなのよ」
「えっ、ちょっと見せて」
私は設計図をよく見てみた。確かに色々おかしい。
コンセプトやデザインはよくできているようだけど、計算ミスや怪しい配線がいくつも見つかった。
「ね、おかしいっしょ」
「そうね。ねえ、イチロー。これはどうやって設計したの?」
私の質問に対し、イチローは漫画の単行本を持ってきて、開いて見せてきた。
「この『ドラゴンボール』に出てくるメディカルマシンを作ってみたくてさ、これを見ながら雰囲気で作ってみたんだ」
ああ、やっぱり……いつものイチローだったか。
どうして……この人はいつもこういうノリなのだろうか。
「雰囲気って何よ? いつも付き合わされる私たちの気持ちを考えたことある?」
「そう言うけどさ、俺なりに皆の命を守るために考えたんだよ。長い目で見れば役に立つのは間違いないし、ボス氏とナカマツ氏にも大絶賛されて許可をもらったよ」
えっ、まさかボスとナカマツが……。
いや……でも……。確かに……完成すれば、役に立つとは思うけど。
「ハカセちん、ちょっと頭に来るけどやってみようか。イッチ、ハカセを日本の遊園地とやらに連れて行ってあげるという条件ならどう?」
「そのくらいなら、喜んで。いやあ、(完成が)楽しみだなあ」
えっ……それって……。
胸が一瞬ドキッとする。遊園地デートという言葉が頭の中を駆け巡り、頬が熱くなるのを感じた。ナミの提案にどう反応すればいいのか、しばらく考え込んでしまう。
そういえば、以前……遊園地デートに憧れてるって話をナミにしたような気がする。
ナミ、ちょっと待ってよ……。
あ、いや……でも……少し楽しみかも……。
イチローも楽しみだって言ってるし……。
「イ、イチロー……。約束……だからね?」
「あ、うん。ところで、遊園地って何?」
知らないで承諾していたのか!
さっき、楽しみって言ってたじゃん!
「あのね、遊園地ってのは……」
ナミがイチローの耳元で何かを囁いた。
「えっ、マジで!」
イチローの顔がちょっと赤くなっているので、ナミが良からぬことを吹き込んだに違いない。
まったく、この人は……。
でも、ちょっとだけ感謝しておこうかな。