目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第16話 作者もこの食材を口にすると体調が悪化します

 私、ナカマツは夕食会に少しだけ遅れていた。

 地球で薬の買い出しに出かけていたのだ。

 地球の薬が不老不死に効くとは思えなかったが、万が一の可能性を考慮し、地球の薬学レベルを確認するためにも試してみる価値があると判断したからだ。


 宇宙船に帰還した瞬間、いつもとは明らかに異なる不穏な静けさが漂っているのを感じた。

 まだみんな起きている時間だというのに、完全に静まり返っていたのだ。


 とりあえず帰還の報告をするためにボスの部屋に向かったのだが、ドアを開けた瞬間、ボスが床に倒れ込んでいるのが目に飛び込んできた。


「ボス、どうしましたか。会話はできますか?」


「うう……ナカマツか。酷い腹痛と息苦しさで起き上がることが……できないんだ……」


 私は脈を取ってみると、血圧がかなり高くなっていることに気付いた。おそらく何か体内で異常な化学反応が起きているのだろうと直感した。

 私は呼吸器をボスに装着すると、顔色が少しだけ良くなったようだ。


「ボス、どうも船の雰囲気がおかしいのです。一旦、他の部屋の様子を見てきます。それまで少しだけ辛抱してください」


「そうか……私は後でいいから、皆の様子を見てきてくれ」


 私はボスの部屋を離れ、ハカセ君の部屋へ向かった。


「ハカセ君、ナカマツだ。ドアを開けてくれ!」


 ハカセ君の返事はない。普段なら明るい声で返事があるはずのハカセ君が、完全に沈黙している。その静寂が、事態の深刻さを物語っていた。

 私はドアを開け、ハカセ君の部屋に入った。眼の前には、ハカセ君が気を失って倒れていた。

 これはマズイ!


「誰か! 動けるものはいないか!」


 私は大声を上げると、廊下の奥から軽快な足音が近づいてきた。ナミ君がいつもの明るい表情で現れたが、その笑顔も船内の異常さを目にしてすぐに曇った。

 そうか、君はやはり無事だったか。


「どしたん?」


「船の中で謎の病気が発生しているみたいだ。ただちに全員を医務室に運ぶよ」


 ハカセ君にも呼吸器を装着し、ナミ君に手伝ってもらって担架に乗せた。

 呼吸器を装着した途端、彼女の呼吸がわずかに安定し、顔色も幾分良くなった。


「ねえ、おじさん……。これ、どういう状況なの?」


 ナミ君の声は、普段の明るさに不安が混じっていた。この異変を前に、彼女も内心穏やかではないのだろう。


「ボスもそうだったが、貧血を起こしているようだ。とりあえず全員に人工呼吸器を付けて、原因はそれから探ろう」


 私がハカセ君を医務室に運ぶ間、ナミ君が各部屋の状況を見てくれた。

 予想通り、全員貧血になっていたが、サクラ君がハカセ君と同じように意識を失っていた。


 私たちは、ナミ君の報告で状態が悪いと思われる順に応急処置をして医務室に運んだ。


「ナカマツ氏……これ……まさか、食中毒?」


 イチロー君が振り絞るような声で聞いてきた。

 彼なりに責任を感じているのだろう。


「まだなんとも言えないが、その可能性も考慮して調査するつもりだよ」


 私は、全員に輸血を行いながら、ナミ君にイチロー君が作ったカレーライスの成分分析をお願いした。


「ナカマツ! 疑いのある物質が検出されたよ」


 私とナミ君がモニタを覗き込むと、そこには『※ 有機チオ硫酸化合物』と表示されていた。

 ※ 作者補足:彼らのモニタに表示されているのは彼らの言葉ですが、便宜上日本語に置き換えています。


「なんだこれは……」


「危険な物質なの?」


「ああ、不老不死じゃなければ死んでいたかもしれないな。摂取量にもよるが、赤血球を酸化・破壊する毒なんだ」


「カレーの材料にタマネギというのがあるけど、これに含まれている物質みたいよ。でも、地球人は普通に食べているんでしょ?」


「これは仮説だが、地球人は分解酵素を持っているんじゃないだろうか。我々は分解酵素を持っていないから、食べた量次第では危険なんだ」


「そっか、ハカセちんは子どもだし、さっきゅんは大食いだから特に被害が大きかったのね……」


「そういうことだろうね。危ない所だった」


 私は全員に抗酸化剤を投与し、体内の毒素を無効化する処置を施した。

 輸血はすでに行っているので、これで問題ないはずだ。

 あとは不老不死の性質で、赤血球が再生産されるだろう。



 - 1時間後 -


「すみませんでした!」


 医務室で土下座をしているのは、イチロー君だ。

 地球人とは外見が似ているから大丈夫だと思い込み、碌な調査もせずに料理をしたことに対する反省なのだろう。


 だが、我々も同様の思い込みをしていたのだ。

 これまでの惑星でも、イチロー君が持ち帰った食べ物をそのまま食べていたからね。


「イチロー、これは貸しだな」


 サクラ君が低く抑えた声で呟いた。


「ひぃ……」


 イチロー君が声にならない悲鳴を上げた。


「サクラ君、落ち着いて。今回の件、今までの私たちが無防備すぎたんだよ。地球人が平気でも、我々には毒になる場合があるということを認識できたことは意味があると思う」


「そうだな。一旦食べられるものとそうでないものを調査する必要があるな。それまで、イチローの調査は一時休止とする」


 ボスの判断により、地球の調査は全て一時中断することが正式に決定された。

 それまで順調に進んでいた地球調査が、思わぬ形で中断されることになった。その決定は、皆の命を守るために必要な判断だったが、同時に我々がいかに地球を軽視していたかを痛感させられるものでもあった。


 その後の調査で分かったことだが、私が持ち帰った地球の風邪薬に含まれる成分も、我々には毒となることが分かった。

 地球で一般的に使われている物質が、私たちにとってこれほど危険だとは想像もしていなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?