「イチロー、緊急事態だ。今すぐ来てくれ!」
俺の連絡用端末に、サクラ氏から緊急メッセージが届いた。文面は短くてもその緊急性を物語っていた。
情けないことだが、俺とサクラ氏では問題解決の能力が段違いだ。
もちろん、サクラ氏の方が優れているが、そんなサクラ氏が俺に助けを求めているとなれば、答えは1つだ。
ハカセが、また何かやらかしているのだろう。
何でか分からないけど、ハカセが暴走すると、決まってサクラ氏は俺に解決をさせようとしてくる。
実際、なぜか上手くいくことが多いので、あながち間違っている訳でもなさそうなんだけども。
「サクラ氏、来たよ。またハカセが何かやらかしてるの?」
「お、察しがいいじゃん。実はまた料理を作ろうとしているみたいなんだ……」
な、なんだって!
それは大変だ。ハカセが料理を作るとなれば、ほぼ確実に誰かが腹痛で悶絶する羽目になる。どうしても、何かが間違っているのだ。
ハカセと言えば料理下手。料理下手と言えばハカセというのが、俺たちの共通認識なのだ。
不老不死とはいえ、不味いものは不味いし、お腹だって壊す。考えただけで恐ろしい事態だ。
完璧主義者のハカセだが、料理に関してはそれが当てはまらない。
化学の実験をする際は1グラム単位できちっと計量しているはずなのに、料理となるといつも目分量だ。
レシピに『弱火で15分』と書いてあっても、彼女は平気で『強火で5分』にしてしまうし、足りない食材は見た目が似ているもので代用しがちだ。
似たような味じゃなくて、似たような見た目だぞ。もう、訳が分からない。
レシピ通り作れば、誰でもおいしく作れるような簡単な料理も、彼女の手にかかれば、あっという間に産業廃棄物に早変わりだ。
料理は、精密な作業だ。計算された調味料の分量や火加減、タイミングが全てで、どんな些細な違いでも失敗につながる。ハカセの場合、その微妙な加減が全て狂っている。
そして最初に食べさせられるのは、決まって俺なんだ。
これは断固阻止しなければならない。
「サクラ氏……それは一大事だね。一体なぜこんなことに?」
「よく分かんないけど、インスピレーションがどうとか言ってたから、思いつきだろ。イチロー、お前以前から『今日の食事を作ることに決まってた』ことにして、代わりに料理してくれよ」
「なるほど、それは良さそうな案だね。ハカセには可哀想だけど、俺たちも自衛の権利はあるもんな」
ちなみに、俺は料理が得意だ。
ただ、ジャンクフードっぽい料理が多いので、ハカセには不評だけど。
「イチローの料理、私は好きだから楽しみだぜ。そうだ! 地球の料理が食べたいんだが、作れそうか?」
地球の料理か……。
となれば、やはりアレか。
「多分大丈夫だと思うよ。腹いっぱい食べてくれよな」
――
「あ、ハカセ、ここにいたか」
「ん? 何か用?」
「さっき、サクラ氏から聞いたんだけどさ、今晩料理を作るつもりなんだって?」
「そうだけど」
うわあ、やっぱりか……ちょっと可哀想だけど、俺たちの健康のためだ。
「その件なんだけど、実は今晩は俺が地球の料理を作ることになってるんだ」
「え、聞いてないけど……」
ハカセが眉間にシワを寄せて、明らかに不機嫌な表情を俺に向けた。
俺の良心がチクリと痛むが、ここは心を鬼にしなければ!
「どうやら、伝達ミスがあったみたいで、あとでボス氏が謝りたいって言ってた」
「うーん、じゃあ仕方ないか。私は別の日に延期するね」
「ごめんな。今日は俺の料理を楽しんでくれよ」
俺はそう言って、ハカセの頭をポンポンと軽く叩いた。
よほど怒っていない限り、大体これで機嫌が良くなる。
さて、一件落着と言いたいところだけど、俺はこのあと料理をしなければいけない。
作るメニューは、もちろん……カレーライスだ。
日本でラーメンと並んで人気と言われているらしい。
ごった煮なので、難易度はかなり低いと思われる。
スパイスを使った料理らしいが、完成度の高いルゥが販売されているので、これを使えばいいらしい。
材料は、肉(牛肉)、じゃがいも、たまねぎ、人参を用意した。
サクラ氏がかなりの大食いなので、30人分ほど確保したが足りるだろうか……。
――
夕食の時間となった。
味見をしてみると、完璧に出来上がっているので、初めてのカレーライスは大成功と言えるだろう。
飴色タマネギが美味しさに繋がるらしい。
「おお、これがカレーライスか。見た目はアレ……だけど、スパイシーないい匂いが食欲をそそるな」
サクラ氏がやってきて、大皿に山盛りで盛り付けた。
俺の予想通り、今日は思いっきり食べるつもりらしい。
他の仲間も次々にやってきたが、ナカマツ氏だけ外出中のため遅れるとのことだったので、サクラ氏に食べられないように取り分けておいた。
「悔しいけど、やっぱりイチローの作る食事はおいしいのよね。私と何が違うのかな」
ハカセがゆっくり食べながら呟いた。
レシピだよ、レシピ通り作ればいいんだよ!
今日の夕食会は和やかで楽しく過ごせた。やはり地球の食事は素晴らしい。
と、思っていたのだが。
2時間ほど経過した頃、俺のお腹を強烈な腹痛を襲った。
しばらくトイレに篭っていたら、今度は息苦しさと目眩が襲ってきた。