瀧が着替えと洗面道具を一式持ってきてくれたことに、三喜雄は感謝感激のあまり彼女に土下座したいくらいだった。瀧の夫は、年に5、6回、宿泊を伴う国内出張をするのだという。だから彼女は、自宅以外で成年男性が数泊過ごすために、最低限何が必要なのかを熟知していた。
「片山さんのお買い物と撮影におつき合いして、ほんとよかったと思って」
瀧はファストファッションの店の大きな紙袋を開けて、寝間着になりそうなスウェットと、ジーンズと無地のTシャツ、そして下着類を、ベッドの上に広げて見せた。
「でなかったら片山さんのサイズの見当もつかないところでした……もしジーパンのサイズが大き過ぎるようだったら、交換しに行くから連絡ください……小さくはないはずだから」
もうひとつのナイロン袋には、歯ブラシとコップ、シャンプーやボディソープ、シェービングジェルまで入っている。頼もしい姉さんだと三喜雄は思った。
「あ……ありがとうございます、ほんとにお世話かけてばかりで」
「パンツの材質は大丈夫ですか? 綿100パーセントでないと、お尻痒くなるとかありませんか?」
「えっ? 大丈夫……です」
そんなデリケートな尻の持ち主がいるということが、驚きだった。しかし瀧がこう言うからには、ナイロンやポリエステルの混じった下着で辛い思いをする人もいるのだろう。三喜雄はその見知らぬ誰かに同情した。
「よかった、この店は事務所から近いから、他にもリクエストあったら言ってくださいね」
そう話す瀧は、少し楽しそうである。差し当たっては、明日着る服があれば大丈夫だ。
瀧は買ってきた服を畳みながら、やや笑いを引っ込める。
「たぶん明日にでも、警察や消防からいろいろ訊かれると思います……1人で大丈夫ですか?」
カレンバウアーも警察への対応を気にしていたが、2人が世話焼きなのか、自分が頼りないと思われているのか、どちらだろうと三喜雄は苦笑してしまう。
「大丈夫です、明日学校は休みを取ったので、対応できます……あ、それと……」
カレンバウアーが帰ろうとした時、マンションの管理会社からメールが来た。出火した部屋の周辺の住人のために、マンションの最寄り駅近くのホテルの部屋を用意するという。千葉出身と話していた逢坂は、とりあえず実家に帰るのだろうが、三喜雄は東京では寄るべも無い身なので、頼んでおいた。
三喜雄の話を聞いて、瀧はちょっと難しい顔になる。
「それはつまり、片山さんのお部屋もすぐには戻れない状態ってことですよね……?」
「覚悟はしてました、燃えてなくても臭いが凄くて、住めなくなってしまうこともあるそうです」
幸い週末は何の予定も無いので、一度マンションに行ってみようと思う。楽譜や服で無事なものがあるならば、できるだけ持ち出したい。
瀧は少し迷ったようだったが、意を決したように口を開いた。
「今回の火事は失火でなく、放火の可能性があるようなんです……ネットで情報が出てしまっています」
えっ、と三喜雄の喉から勝手に声が出た。
「まさか……自分で火をつけたとか……」
三喜雄の呟きに、瀧も驚きを示す。少し気持ち悪くなってきたので、三喜雄は自分の考えをまとめるべく言葉を続けた。
「あの部屋に住んでる人が、病んでるんじゃないかってこの間話してたとこで」
「……自殺する可能性があったということですか?」
「非常識な時間にピアノを弾くんです……以前から結構クレームが出ていて、管理人さんが直接注意するつもりだと言って」
瀧の眉間に薄い皺が浮かび上がった。
「出ていけと言われて悲観したとか? ネットでマンションの写真も出回ってるんですけど……今は見ることを勧めないです」