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6月 24

 留学中も、2人の外国人男性から交際を申し込まれた。現在、2人とも演奏家として活躍していて、交際を断った三喜雄に、毎年クリスマスカードを送ってきてくれる。その他にも、どうもこいつ俺のこと好きだなと思わせた男性がいた。

 にこにこしながら話しかけてくるカレンバウアーに、三喜雄はこれまでの経験から学んだ、友人や仕事仲間といった関係をやや超えた好意を感じ取っていた。ただ、三喜雄のパトロンのような立場のカレンバウアーが、「商品」である自分にそういう気持ちになるものだろうかと疑問だ。それに彼は元妻帯者だ……隠れバイの可能性もあるけれど。

 三喜雄はいつも、異性からでも同性からでも、好意を寄せられることは素直に嬉しい。気の合う人だと感じる相手なら、できる限り相手が笑顔になることをしてあげたいと思うし、それが三喜雄の喜びにもなる。

 ただ、彼女ら彼らと、深い関係になりたいと積極的には思わない。三喜雄は女性としか寝たことは無いが、ハグやキスまではいいけれど、それ以上は面倒くさい。セックスはそれに加えて、自分のテリトリーを激しく侵犯されるような感じがして、あまり好きではなかった。舞台がはねてハイになっているような時以外は、他人から身体にみだりに触れられるのも、どちらかというと不快だ。

 そんなセンシティブな思索に耽っていると、コンビニの袋片手に、カレンバウアーが戻ってきた。コーヒーの香りが三喜雄の鼻腔をくすぐり、食欲を刺激する。同時に、何を考えていたのだろうと思い、勝手に恥ずかしくなった。

 三喜雄の気持ちを知る由もなく、カレンバウアーは楽しげに、袋の中から紙カップを取り出した。


「お待たせしました、一応お砂糖ももらってきましたけど、片山さんはフレッシュだけでしたね?」

「あ、はい、ありがとうございます」


 三喜雄は蓋をされた紙カップとコーヒーフレッシュを、慎重に受け取った。カレンバウアーは、フィナンシェも袋から取り出す。


「レジの女性が、これを毎日一番沢山仕入れていると教えてくれました」


 掌に乗るサイズのフィナンシェは堅焼きっぽく、美味しそうな色をしている。三喜雄は包帯が巻かれていない左手の3本の指で袋をつまみ、袋の切れ目に右指をかけたが、うまくいかなかった。

 それを見ていたカレンバウアーが、すぐに手を伸ばしてきた。


「私が開けましょう」


 そうして三喜雄は小さな子どものように、お菓子の袋を開けてもらい、コーヒーにフレッシュまで入れてもらった。利き手でないほうの指を痛めても、不便になると想像しなかったので、ちょっと情けなくなる。


「はい、そんな顔しないで食べてください、美味しいですよ」


 カレンバウアーに諭されて、三喜雄はコーヒーに口をつけた。濃さも香りも、ちょうど良かった。


「すみません、美味しいです」

「良かったです、日本は何処ででも美味しいものが飲めますね」


 フィナンシェはバターの香りと味がして、しっかりとした生地の歯触りも良かった。


「あ、かなり美味しいです」


 三喜雄の評価を聞いたカレンバウアーも、ふむふむと頷く。


「値段以上の美味しさですねぇ、お菓子はこうでありたいものです」

 元々カレンバウアーは、見かけによらず、お菓子が好きなようだった。話題になっている商品は、積極的に味見するという。


「ただ、やはり日本人とドイツ人の好みは違いますし、日本ではちょっと年齢が高い目の女性をターゲットにすると、圧倒的に支持が高くなります……その辺りはやっぱり、日本人の社員の意見を汲み上げないとわかりませんでした」


 面白いと三喜雄は思った。


「フォーゲルベッカーの新しいきな粉味のチョコレートは、売れそうなんですか?」

「味が想像しにくいのでしょうね、現時点では手に取ってもらいにくいようです……ドイツで暮らしている日本人の間では、評判が良いと聞きますね」


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