そうですね、とカレンバウアーは少し考える顔になった。三喜雄は声のボリュームを落としていたが、相手にきちんと聴こえるように、ゆっくりと続ける。
「こういう場合、ホテル住まいをしながら、必要なら部屋を探すみたいなんですけど」
「ちょっと大変ですね」
「はい、それに……時期的に、防音の部屋が見つからないと思うんです」
音楽系学生の移動はもう落ち着いているだろう。次に動きがあるとすれば、後期の授業が始まる前の8月だろうか。
「音楽やってる友達の家を転々とするって手もありますけど」
三喜雄が言うと、カレンバウアーは眉間に皺を寄せた。
「それは片山さんにとっても、お友達にとっても良くないです」
わかっている。三喜雄は溜め息が出そうになるのを我慢した。すると、カレンバウアーは励ますような口調になった。
「一度私の知っている不動産店に訊いてみます……うちの新入社員のために、家を探すのを手伝ってくれている会社です」
「……何から何まで、ありがとうございます」
もしドマスとフォーゲルベッカーの仕事を受けていなければ、独りで途方に暮れるところだった。両社から歌と動画出演の謝礼を受け取ったばかりで、しばらくホテル住まいをする余力もある。
「何か今欲しいものはありますか?」
カレンバウアーに訊かれて、三喜雄は口籠る。音楽が聴きたいし、本も読みたい。身の回りのものは今から瀧が持ってきてくれるので、どうしても贅沢品寄りの品物が頭に浮かぶ。
イヤホンも本も、家の中が無事ならば、帰れば手に取れるのだ。それを今カレンバウアーに頼むのは、彼に余計な労力を使わせるだけである。
「……いえ、差し当たっては大丈夫です、着替えとかは瀧さんが持ってきてくれるんです」
「それ以外でもいいですよ、遠慮することはありません」
そんな言い方をされると、心が揺れる。この人のことだから、何か答えないと諦めてくれないというか、えっと……。
「あの、コーヒー飲みたいです、ドーナツみたいなものも食べたい」
カレンバウアーは明らかに拍子抜けしたようだった。しかし、わかりました、と言って立ち上がった。
「外に出ると遅くなるので、1階にコンビニがありましたね……あれでいいですか?」
「俺は全然いいですけど……」
カレンバウアーのほうこそ、超高級ラインではないとはいえ、菓子メーカーのトップなのに、コンビニスイーツとコーヒーなんか口にするのだろうか。
「ああ、私はコンビニのコーヒーは割と好きですよ……お菓子は人気のあるものを買ってきます」
明るく言ったカレンバウアーは、フットワーク軽く病室から出て行った。一応三喜雄は廊下を覗き、通りかかった看護師に、見舞い人とコーヒーとお菓子を食べていいか尋ねてみたが、全く問題無かった。
よく考えると、三喜雄はフォーゲルベッカーの社員でもないのに、カレンバウアーに世話を焼かれ過ぎている。この間からちらつく疑問が、また湧いた。
あの人、マジで俺のこと好きなのかな。
三喜雄は、自分が割と同性に好かれるらしいということに、大学生になってから気づいた。高校時代は男子校だったのでぴんと来なかったのだが、女の子が送ってくる好意は人によってちょっと特別な時があると知り、たまに同じものを送ってくる男子がいる。それを三喜雄は高校時代に、理解していなかっただけで既に経験していたのだ。
クラリネッティストの小田亮太はゲイ寄りのバイセクシャルで、三喜雄は大学院生時代、彼から緩く好意を寄せられていた。今彼には気になっている男性がいるらしいので、彼の好意に友達としてしか応えられなかった三喜雄も安心している。