オーケストラも最近、メンバーのアー写を工夫していると聞いたので、三喜雄は横浜市交響楽団のホームページに飛んでみる。ずらりと並んだ常任奏者の写真は、期待に違わず、かなり笑いを取りに走っていた。そもそも全員が正装しておらず、はっきり言ってインドアオタクの集団にしか見えない。
小田亮太は紺色のニットを身につけ、クラリネットを自分の顔よりも前に出し、その陰から微笑してこちらを覗くようなポーズを取っていた。大学院生時代、同じマンションの2つ隣の部屋に暮らしていた彼のこんな顔を、何度となく見たような気がして、三喜雄は懐かしさを覚えた。
「笑いに走るのもアリかな……」
三喜雄は呟いてから、ごはんを口に入れる。でんぷんの甘みを味わっていると、カレンバウアーは炊いた米は食べるのだろうかと、おおよそどうでもいい疑問が湧いた。
この間はステーキのコースを残さずきれいに食べて、美味しいと言っていたが、ノア・カレンバウアーはあまり生活感の出ない人物だと思う。会話から、日本では独りで暮らしているような雰囲気だったので、三喜雄はあの夜家に戻ってから、興味半分で、フォーゲルベッカー本社のホームページやドイツの経済誌などを辿ってみた。すると、彼は家族をベルリンに残して単身赴任しているのではなく、日本に来る前に妻と離別したらしいことが察された。
男やもめになり、極東の島国……祖母の故郷で、日本が好きだとカレンバウアーは話したが、ドイツの本社で大切な仕事を任されていたのにこんなところに来るなんて、左遷ではないのだろうか。
そんなことを考えていると、暗くなっていたスマートフォンの画面がぱっと明るくなった。カレンバウアーからのメールだったので、彼について詮索していたのがバレたような、薄い気まずさを勝手に感じる。
『私も服のセンスはそんなにありませんが、片山さんが困っているなら手伝います。信頼できるデパートや紳士服店を知っているので紹介します。相談に乗ってくれるでしょう』
いけない、また気を遣わせてしまった。三喜雄は茶を飲んで、新しいタキシードとスーツの両方を作る金銭的余裕は無いので、カレンバウアーの提案通りに、グレーのスーツに合うお洒落なシャツとネクタイを探そうと思った。
『ありがとうございます。あのスーツは父が若い頃に着ていたもので、イギリスのブランドです。もしそのブランドを取り扱っている店をご存知でしたら、教えてください』
自分で探せばいいのだが、絶対自分では行かない店だろうから、カレンバウアーの名前を出せるほうがいい。世話を焼くのが好きそうなあのドイツ人と、高級店で尻込みする自分のニーズが合致し、双方向二重丸だ。三喜雄は勝手に満足感に浸ったが、カレンバウアーからの返事に度肝を抜かれる羽目になった。
『では新宿の
来るのかよ! たかが小物の買い物だろ!
三喜雄は叫びそうになる。もしかすると、メゾン・ミューズとフォーゲルベッカーに、嵌められかけているのか。嵌めてどうするのかさっぱりわからないが、なぜ自分みたいなしょぼい歌手がターゲットなのか。それとも。
「……あの人、俺のこと好きなのか?」
口に出して、三喜雄は独りで爆笑してしまった。カレンバウアーから何となく気に入られているような自覚はあるが、彼のプロデューサーとしてのアンテナに、自分の何かが引っかかっているというだけのことだ。しかもそれは、カレンバウアーの大いなる勘違いかもしれない。
まあいい、と三喜雄は開き直り、空になった食器を重ねた。いい人だし、話していて楽しいし。音楽家でないのに、音楽をよく知る人といると、音楽家と接している時とは全く別種の安心感がある。
よくしてもらった分は、能う限りの力で返そう。三喜雄は食器を一旦流しに置き、自分のスケジュールをチェックするために、鞄の中の手帳を取りに行った。