メニューはカレンバウアーに任せていた。早速前菜が一皿やってきて、さっぱりとした味のジュレや飾り切りされた野菜を順番に楽しむ。
「この間、ドーナツが売れるかどうかわからないから、と書いてましたね」
カレンバウアーに言われて、三喜雄ははい、と応じる。
「売れたとしても、やっぱり商品がいいからで、私の歌はそんなに関係ないと思います……みんながテレビを見ていた頃は、CMに出たクラシックの歌手が話題になったこともありましたけど」
「確かにテレビの影響力は下がっていますね……片山さん、ドマスさんの作った動画は見ましたか?」
「あ、あれですか……」
三喜雄はつい、カレンバウアーの顔から視線を外した。不都合が無いか確認してほしいと、ドマスの広報から各10分弱の2本の画像が送られてきたが、インタビューも歌のビデオも、恥ずかしくて正視できなかった。
そんな三喜雄の気も知らず、カレンバウアーは感心する口ぶりになる。
「特に歌のほうはよかったですよ、上手に編集したなと思いました」
「あ、そう……なんでしょうか」
三喜雄は、取材や撮影に慣れている塚山天音とは違うのだ。元々舞台人としての華も無く、これといった話題性も無い。歌っている時はともかく、他のシーンは素人が慣れない撮影にもたついているのが丸バレで、深田と話しているところなんて、ただのオタク語りで我ながらやや気持ち悪かった。
「片山さんがパパゲーノと、『冬の旅』の孤独な青年を歌い分けてるのがよくわかります、ちょっとドキュメンタリーみたいで見応えがあって」
カレンバウアーの言葉にいたたまれたくなった三喜雄は、ついビールの入ったグラスに手を伸ばす。
「あまり気に入らなかったみたいですね」
前に座る男性からはっきりと言われて、三喜雄はビールに咽せそうになった。
「いっ、いや……違います、被写体がいまいちなので、誰があんなものを見て面白がるのかなと……」
カレンバウアーは目をぱちくりさせた。言葉が通じなかったかと思った三喜雄は、ドイツ語に翻訳して口を開きかけたが、カレンバウアーが笑い出すほうが早かった。
何が可笑しいのかわからず、今度は三喜雄がきょとんとしてしまう。
「ああ、片山さんがああいう撮影に慣れてないというのは、確かにわかりました……でも、そういうところも新鮮で受けるかもしれませんよ」
そうかなぁ、と三喜雄は胸の中で疑問を膨らませたが、口にしないでおいた。スープがやってきたからである。
カレンバウアーは2つのグラスがほぼ空になっているのを確認し、ワインを頼む。店員は先に注文を聞いていたと見え、白でいいかと訊いてきた。
「はい、アルザスのリースリングで」
三喜雄はそう答えたカレンバウアーに、店員が去ったあとに尋ねた。
「フランスのリースリング、なんですか?」
カレンバウアーははい、と微笑する。
「片山さんもドイツのリースリングは、たぶん留学中に口にしてると思います……フランスのリースリングはドイツより重くて甘くありません、ステーキにも負けないですよ」
14年間の飲酒経験から直感して、三喜雄は固まった。それって、クッソ高いんじゃないのか!
「あ、あの、カレンバウアーさん……俺、いや私、ほんとに今日は……」
「あなたは昔と変わらないですね」
目の前のドイツ人は、またすっぱりと言ったが、声音に冷たさは無かった。
「あの時も片山さんは、私や共演者たちから祝福を受ける資格が自分には無いと言いたそうな顔をしていました、どうして?」
三喜雄の心臓は、カレンバウアーの言葉でどっくん、と大きく鳴った。あの時とは、「魔笛」の舞台がはねた時……三喜雄がドイツでオペラデビューした夜のことに違いなかった。
「代役だったからですか? アンダースタディでずっと練習に来ていたあなたは自分の役目を果たしたのだから、遠慮することはない」