「ではここで、新作の試食をしていただきます!」
苅谷の声に、場がわっと湧いた。5個のドーナツは、何やらきらきらしているように見えて、三喜雄も思わず拍手する。深田がこれらのドーナツ開発に携わっているというのも、何やら感慨深い。
「フォーゲルベッカーのカフェで出してるスイーツをドーナツにアレンジしてるんだ、どれもドイツとオーストリアでポピュラーなお菓子だよ」
深田が説明すると、カメラがドーナツに寄ってくる。三喜雄はドマスでアルバイトをしていた頃、賄いでほぼ全種類のドーナツを制覇していたので、新作を試食させてもらえるのは嬉しい。
「美味しそう……でも今5つ食べるんですか?」
「それはキツいと思うので、お持ち帰りの紙袋を用意しました」
苅谷がドマスの店舗で使う紙袋とトングを持ってきて、三喜雄と深田は同時に笑った。
「セルフで?」
「片やん慣れてるだろ?」
「結構レジにも駆り出されたけど、いけるかな」
トッピングがあるドーナツは、紙ナプキンに包み、端をトングで摘んで捻るのがマニュアルだ。三喜雄の手はそのコツをまだ覚えていた。トングで紙袋を底まで開き、きっちり包んだドーナツをその中に入れた三喜雄を見て場に拍手が起きる。歌以外でこんなに手を叩かれたことがない三喜雄は、くすぐったくなった。
三喜雄が今試食に選んだのは、ザッハトルテとシュネーバルをベースにしたドーナツだった。懐かしさが胸に湧く。
「ドイツ人の歌手にシュネーバルの作り方を教えてもらったんだけど、最初は油に落とした途端にバラバラになったよ」
三喜雄が言うと、わかる、と深田も苦笑する。
「生地を店舗で揚げるだけの状態にするのが難しかった、何回揚げても失敗したかき揚げ状態で」
開発部門の苦労が偲ばれた。かちかちに固めると、この菓子の特徴である、口の中でほろっと崩れる感じが失われるのだ。
「片やんは知ってると思うんだけど、これは粉砂糖をまぶすのが主流……そこを敢えて、フォーゲルベッカーの『カフェオレ』と『きな粉』のチョコレートをかけた」
2種のチョコレートのシュネーバルは、セットで販売する予定だという。
「きな粉のチョコレートは、フォーゲルベッカーのCOOのカレンバウアーさんが日本贔屓でなかったら、開発してもらうのは難しかったと思う」
深田が立ちっぱなしなのが気になる三喜雄だが、会話が続いているので、そうなのか、と相槌を打った。
「カレンバウアーさんは、お祖母さんが日本人なんだ」
「あ、そうらしいね」
三喜雄はいつも優しい笑みを浮かべている、ドイツ人のCOOの顔を思い浮かべた。彼の髪の色が「カフェオレ」のチョコレートのようだと昔思ったが、目の前のシュネーバルを見てあらためて同じことを考える。
「抹茶味のチョコレートはヨーロッパでも広がってきてるけど、きな粉はまだ珍しいみたい」
深田は説明する。このドーナツの販売開始に合わせて、フォーゲルベッカーの新商品として、きな粉の板チョコがドイツとオーストリアでお目見えするらしい。
「大豆の粉でヘルシーだから、ドイツで受けるんじゃないか?」
三喜雄は言ってから、すっかり深田と雑談モードに入ってしまっていることに気づき、カメラに向かって謝った。
「すみません、試食させていただきます」
くすくす笑いが起きる中、深田が後ろに下がり、三喜雄はカフェオレのシュネーバルに齧りついた。見た目より濃厚にコーヒーとミルクが香るチョコレートに、ほの甘い生地が崩れて溶け込んでいくのを口の中で確かめ、うまっ、と思わず口走った。
「何これ、美味しいです……」
おおっ、と周りからどよめきが起こる。続けて食べたきな粉チョコのシュネーバルは、上品な味で仄かな香ばしさが絶妙だ。
「フォーゲルベッカーのドイツの開発部署に、絶対日本人居ると思います」
三喜雄の発言に皆笑った。冗談を言いつつも、三喜雄は本当に感心している。ドイツやオーストリアの菓子は三喜雄も好きだが、何処となく大味なのだ。きな粉の繊細な風味を、ドーナツにコーティングするチョコレートによく再現できたなと思う。