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【第三章】家光逝く

    およそ一月ほどの謹慎の後、家光からの使者が玉のもとを訪ねてきた。

「お玉殿、そなたの容疑ははれた。今日でそなたは釈放じゃ」

 死をも覚悟していた玉は、喜びより、驚きのほうが大きかった。

「まこと私はお咎めがないのか?」

「これは上様の命である。そして上様がそなたに会いたいそうだ」

 すでに家光が重病であることは、玉も知らされていた。

「かなりお悪いのか?」

「ご自分で確かめるがよろしかろう」

 と役人は冷たくいった。

 果たして休息の間で、玉は変わり果てた将軍と対面することとなる。




「玉か……そなたとも、これが今生の別れとなるのかのう」

 家光は力なくいった。

「かって臨終に際して福は、そなたのことを油断ならぬ女といった。決して気を許すなとも申した」

 初めて聞かされる事実である。玉の表情が曇った。

「なれど、わしはそなたを疑ってはおらぬ。そなたが家綱を殺めようとしたなど、余は信じておらぬ」

「おやめくださいませ!」

 家光の言葉を聞くうち玉は胸が苦しくなり、ついその言葉を遮った。

「死にのぞんで、徳松のことが気がかりじゃ。もしゆくゆく道を誤り、徳川に仇なすようなことがあれば、必ずやそなたの手で命を断て!」

 と家光は、玉が到底受け入れられないことをいった。

「お待ちくだされ、上様は徳松が可愛くないのですか!」

「わしは徳松の父である前に、天下万民の父である。東照神君様も、わが父も、例え身内であろうと鬼になることはあった。わしとて同じ。

 あれは……わしに実によう似ておる。そなたの育て方次第で、人の上に立つ大人物になる。なれど育て方を誤れば、とりかえしのつかぬこととなる。それ故そなたに頼むのじゃ。我が子徳松のことよろしく頼む!」

「承知いたしました。必ず私の手で、徳川の一員として恥ずかしない人物に育てまする」

 玉は家光の手を握り、かすかに震えながら言った。そしてこの後、両者は何事か密談をかわした。それはゆくゆく、徳川の行く末を左右するものだったのである。


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