「また寝こんでおいでか? 行末大丈夫であろうか?」
「竹千代(三代将軍家光の幼名)君は意志薄弱であらせられる。弟の国松君のほうが次期将軍にふさわしいのでは?」
三代将軍家光は、幼少の頃より病弱であった。寛永十六年も秋風が吹き始めるこの時期も、体調をくずして寝こんでいた。
「東照大権様……」
病のたび家光は、よく祖父家康の夢を見た。生まれつき体が頑健でなかった家光にとり、天下を取った祖父家康は、生涯最も尊敬する人物だった。
夢の中に出現する家康は、老齢であるにもかかわらず颯爽としていた。
「大権現様、私は未熟者でしかも病弱であります。私ごとき者には将軍職はつとまりませぬ。どうか他の者に……」
家光は唸るようにいう。
「よいか家光、古より守成は創業より難しと申す。これからじゃ。わしがようやく手にした徳川の天下を確かなものとするため、そなたにはまだまだ仕事が残っておる。今からかようなことでどうする」
「まこと何故、私は東照神君様のように、健全に生まれなかったのでありましょうなあ……」
「家光よ、人は誰しもが戦っておるのじゃ。わしが乱世を戦いぬき、数多くの敵に屈しなかったように、そなたは病と戦うのじゃ。わしは常にそなたの近くにおる。なれど百年先、二百年先のことまでは、わしの手には負えぬ。それはそなたの手に委ねられておるのじゃ。わしはただ、あの世でいつまででも徳川の世の永続を祈っておるぞ……」
「お目覚めにござりまするか?」
小姓の声で、ようやく家光は夢からはっきりと覚めた。汗をびっしょりとかいていた。家光は三歳にして、すでに大病で一度は命を落としかけている。二十五で脚気、二十六歳で天然痘、三十四歳で虫気で苦しんだ。この後四十三の時には、マラリアらしき病気にもかかっている。
しかし家光が戦っていたのは病だけではなかった。この時代、まだ諸大名の動向も幕府としては目がはなせない。そしてこの寛永十六年には、九州から西国にかけて、大飢饉がおこり餓死者までもがでたという。
それでも家光は、内外の難問に立ち向かっていった。この幼少より、重臣たちや両親をも困惑させた一種の欠陥人間を支えたものはなんだったのだろうか? それは尊敬してやまない家康が築いた幕府の基盤を、自らの代で完成させるという一種の執念だった。
「今、なんとおおせられた尼君様?」
江戸城総曲輪内にある田安屋敷に、周恵もろとも事実上の軟禁状態にある玉は、周恵の思いもかけない言葉に一瞬自らの耳を疑った。
「私は将軍家に従いて、この身を将軍様に委ねたいと思うのじゃ」
「それでは、尼であるご自身の身分をお捨てになられるのですか? この江戸城を終の棲家となさるおつもりですか!」
玉はおもわず声を荒げた。まだ十三歳の玉にも事の重大さはよくわかった。これより数日前のことである。周恵は、家光の乳母で母親代わりといってもいい春日局と、今後のことをじかに話しあっていた。