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【第一章】六條の姫君(二)

 満子は両親と一緒に神社へ参詣におもむいた。その間に玉は、満子が大事に飼育している池の鯉に目をつけた。なんと池に毒をまいて、鯉をすべて殺してしまったのである。満子が戻ってきて、ひどく悲しんだことはいうまでもない。

 その夜のことである。満子は何者かの鳴き声を聞いた。うっそうとした闇の中、女が一人しくしくと泣いていた。

「こなたは何者じゃ。なぜ泣いておる?」

 満子の問いに、女はさらに不思議なことをいった。

「私は、あなた様に愛でていただいた池の鯉でございまする。私達は、あの玉なる者に殺されたのでございます」

「どういうことじゃ? まことにこなたは鯉なのか?」

 それから鯉の精霊らしき女は、玉に殺された次第を詳細に語った。

「どうか仇をとってくだされ。このままでは死ぬに死ねませぬ」

 それだけいうと、鯉は姿を消した。

「そうか、玉がうちの大事な鯉を殺してしまったんやな」

 目がさめた満子は、玉に仕返しする計画をたてた。


 それから数日がすぎて、玉は湯殿に浸かっていた。

 突如として扉が開いた。玉がふりむくと、そこに妖しい色の小袖をまとった女が立っていた。

「あんたはん何者?」

 女は無言のまま、小袖をぬいで全裸になった。そしてそのまま湯殿に足をふみいれようとした。

「なんや、なんやあんたはん? 一体何者や!」

 動揺する玉は、その時驚くべきものを目にする。湯殿に大量の鯉が泳いでいたのである。あまりのことに顔色を変えた玉に、女はゆっくりと体をかぶせてきた。すごい力である。

「だれか助けて!」

 浴槽の中でもがき苦しみながら、玉は思わず絶叫した。


 ……玉が悪夢からさめて正気に戻るまで、だいぶ時間がかかった。

 満子は遠方から戻った玉に、疲れをいやすため風呂に入るよううながした。しかしそれは水風呂だった。玉はあまりの冷たさのため人事不省となった。屋敷の下働きが発見し、危ういところで助けだした。

「どや! 鯉の仇や!」

 満子は倒れている玉を見下しながら、思わず満面の笑みを浮かべたのだった。

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