満子は両親と一緒に神社へ参詣におもむいた。その間に玉は、満子が大事に飼育している池の鯉に目をつけた。なんと池に毒をまいて、鯉をすべて殺してしまったのである。満子が戻ってきて、ひどく悲しんだことはいうまでもない。
その夜のことである。満子は何者かの鳴き声を聞いた。うっそうとした闇の中、女が一人しくしくと泣いていた。
「こなたは何者じゃ。なぜ泣いておる?」
満子の問いに、女はさらに不思議なことをいった。
「私は、あなた様に愛でていただいた池の鯉でございまする。私達は、あの玉なる者に殺されたのでございます」
「どういうことじゃ? まことにこなたは鯉なのか?」
それから鯉の精霊らしき女は、玉に殺された次第を詳細に語った。
「どうか仇をとってくだされ。このままでは死ぬに死ねませぬ」
それだけいうと、鯉は姿を消した。
「そうか、玉がうちの大事な鯉を殺してしまったんやな」
目がさめた満子は、玉に仕返しする計画をたてた。
それから数日がすぎて、玉は湯殿に浸かっていた。
突如として扉が開いた。玉がふりむくと、そこに妖しい色の小袖をまとった女が立っていた。
「あんたはん何者?」
女は無言のまま、小袖をぬいで全裸になった。そしてそのまま湯殿に足をふみいれようとした。
「なんや、なんやあんたはん? 一体何者や!」
動揺する玉は、その時驚くべきものを目にする。湯殿に大量の鯉が泳いでいたのである。あまりのことに顔色を変えた玉に、女はゆっくりと体をかぶせてきた。すごい力である。
「だれか助けて!」
浴槽の中でもがき苦しみながら、玉は思わず絶叫した。
……玉が悪夢からさめて正気に戻るまで、だいぶ時間がかかった。
満子は遠方から戻った玉に、疲れをいやすため風呂に入るよううながした。しかしそれは水風呂だった。玉はあまりの冷たさのため人事不省となった。屋敷の下働きが発見し、危ういところで助けだした。
「どや! 鯉の仇や!」
満子は倒れている玉を見下しながら、思わず満面の笑みを浮かべたのだった。