「おはようございます、里来さん」
「なぁ、無人。今日は何曜日だ?」
「日曜日です……船が来ますね」
オレはソファに座ったまま目を擦る里来の手を取った。少し引っ張ると、彼はこちらの意図を察したようで、のろのろと立ち上がる。
「天気は?」
「晴れてますよ」
「見てきたのか」
「はい、ついさっき」
寝ぼけ眼の彼を連れ、館の階段を地上へ向けてのぼった。
エントランスの扉をぐいと押し開ける。早朝の島。まだ薄暗い海と空に、東の水平線から黄色い光が差している。
砂浜へ続く小道を二人で下りていく。さざ波の音。あおい潮の風味。海の気配が近づいてくる。
温い砂を靴底に踏みしめ、ざあ、ざあ、と寄せてきては引く波の目前に立てば、蒼く深く口を開けた海の鼓動を躰中に感じる。
オレはただ一つ、たった一つだけ、どうしても彼に言いたいことがあった。それは自分自身への誓いでもある。彼の前、そしてこの島に眠るすべての魂の前での誓いだ。
「オレは本土に帰っても、もう自分の苦手なものから逃げません。だからあなたも、あなたの苦手なものから逃げないでください」
隣に立つ里来がオレを見上げる。
「お前の苦手? ああ、幼馴染の女の話か」
「はい。ちゃんと話し合って、けじめをつけようと思います」
「俺の苦手は?」
彼はオレを試すような顔で笑い、首を傾げる。さあ、なんて答えようか。オレは少し考えて、眼前を覆う広大な海の、遠い水平線に投げかける。
「うーん、あなたの場合は人間全般ですかね! 克服のため、まずはオレと友人関係を結ぶとこから始めましょうか」
目の端に映る里来がくすりと笑い、海を眺めて呟いた。
「まぁ、それも悪くねぇ」
きっとオレたちは、同じ水平線を見ていた。遠い向こうに、汽笛の鳴る船を乗せた水平線を。
了