「粉塵爆発だ」
と、朝食の席で里来が言った。
「ワインセラーの吊戸棚が開いていて、中に小麦粉がこぼれてやがった。あそこの吊戸棚は密閉式だからな。開けた瞬間に入った空気の圧で、中の小麦粉が舞ったんだろう。それがちょうど、煙草の火に引火して爆発した。そんで、よろけた東郷がワインボトルを割ってさらに火は燃え広がり……ってとこか」
彼は文哉のいない空席を見遣り、食後の紅茶を啜った。
「オレとあいつの見立てはこんな感じだ」
「なんで、小麦粉がワインセラーに……」
杏子が掠れた声で呟く。答えたのは沈痛な面持ちで扉の脇に佇むヒュウガだった。
「搬入時に、〝除湿剤〟と間違って置かれたのかもしれません。あの吊戸棚にはいつも除湿剤を入れていましたから」
「除湿剤……?」
「はい。基本的にワインセラーは空調のみで管理していますが、まれに除湿が追いつかないことがありまして、そのときには粒状の除湿剤を床に敷くのです」
「どんな馬鹿が間違えるってんだ。小麦粉の袋にはでかく〝小麦粉〟と書かれてんだろ」
里来は真顔で言った。
「それは……わかりませんが……」
「でもヒュウガ、常温室に搬入された小麦粉の数は搬入表通り〝十袋〟だったんだよね?」
ヒュウガの袖をイズミが掴んだ。
「そう報告してくれたよね?」
「ああ、確かに十袋揃ってたよ。イズミだって個数は確認しただろ? 船の上で搬出の指揮をとってたんだから」
「うん……」
「とはいっても搬出後からこれまで、不可解な減り方もしていないし……」
「じゃあなんだ。ワインセラーに搬入されるはずの除湿剤が一袋消え、代わりに、何故か一袋増えていた小麦粉が除湿剤と間違ってワインセラーに運ばれた。そのあと誰かがその小麦粉の袋を破ってぶちまけた、ってか。しかもご丁寧に用済みの袋を持ち去った」
里来は深く嘆息した。眉間の皺は濃い。
仮に里来の推測通りなら、ワインセラーに運ばれた〝十一袋目の小麦粉は〟イズミたちの把握する搬入表とは別に持ち込まれたものとなる。そうなると、その小麦粉がぶちまけられた原因は自然現象やミスではなく、〝誰か〟の明らかな故意である可能性が高い。だが、もしも故意だとして、それをやった人物のメリットとはなんだ。悪戯……嫌がらせ……――
「殺人」
その瞬間、声の主に全員の視線が集まった。
「僕は……東郷さんは殺されたんだと思います」
オレの左隣で伊織が顔を歪め、色の無い唇を震わせながらそう言った。
「俺もそう思う」
と里来が続く。彼は羽織っていたシャツの胸ポケットから、昨夜の煙草の箱とライターを取り出した。
「今朝早く、俺はお前たちの部屋を訪ねて一人ずつに、ワインセラーに落ちてた〝これ〟を見せた。まぁ、ナイトには寝る前に見せちまったんだが。それでだ、今ここにいない文哉も含め、誰もこれを自分のものだとは言わなかった。もちろん俺のでもない」
「煙草吸う人間なんて、ひとりでしょ。それにその銘柄は〝彼〟のお気に入りだ」
杏子が虚ろな目をテーブルに投げたまま言った。
「いや、これは東郷のじゃない」
と、ここで里来は箱を開け、皆に中身を見せた。ぎゅう、と詰まった煙草の列の、一番端の一本が無い。
「だが、この抜けた一本を吸ったのは間違いなく東郷だ。他に喫煙者はいねぇからな」
「じゃあやっぱり東郷のなんだろ」
うんざりした様子で杏子が声を荒げる。
「いいから聞け、杏子。この煙草もライターも東郷のじゃない。あいつは煙草を俺のいる食卓には持ち込まない。十二年前からそうだ」
「部屋に戻って取ってきたんでしょ。何が言いたいの、里来」
「部屋に戻ったなら、部屋で吸って、箱とライターは置いてくるはずだ。そうじゃない。この煙草は誰かの手でワインセラーに置かれていた。そして東郷はそれを吸った。いや、吸わされたんだ。そして爆発は起こり――」
バンッ、と杏子がテーブルを叩いて立ち上がる。ひっくり返った椅子を彼女は蹴った。
「いい加減にしろよ里来。あんた、推理小説(ミステリ)の読み過ぎだ。私らのなかの誰がそんな回りくどい手で東郷を殺すっての。あれは事故だ。幼稚な誰かの悪戯が、たまたま事故に繋がったんだよ」
彼女はぎらつく目で里来を睨み、給仕用の扉から荒々しく出ていった。
「杏子様!」
イズミが後を追いかけ、そのあと、食堂には沈黙が下りた。