里来に連れられて居間へ入ると、そこにはチトセ以外の皆がすでに集まっていた。ソファでは文哉が組み合わせた手に額を預け、二日酔いらしい杏子と東郷がぐったりとうなだれ、伊織は姿勢よく背筋を伸ばしたまま俯いていた。その横に、神妙な面持ちのイズミとヒュウガが立っている。
扉が開いたのに反応し、文哉が顔を上げた。
「無人、来たか。体調はまだ……?」
「いえ、もう大丈夫です。ご心配お掛けしました」
「みんなに話があるんだ。とにかく、座ってくれ」
「はい」
オレは伊織の隣に、里来は文哉の隣にそれぞれ腰を下ろした。
「お飲み物は……」
とヒュウガが控えめに訪ねたが、欲しがる者はいなかった。
「君たちも、座ってくれ」
文哉は空いていたオレの隣を示し、イズミとヒュウガを座らせた。そして全員の顔を順に見回し、これまでにない真剣な表情で話し始めた。
「まずは現状だが……私たちは今、外界から完全に分断された状態にある。というのも、何者かによって電話線が切断され、復旧も不可能であったからだ」
「ごめんね、みんな。線はうまく繋ぎ直したはずなんだけど、どうにも……」
杏子が隈のできた目元を歪め、苦々しく片手を上げた。一晩中、電話線と格闘していたような顔つきだった。
「いや、杏子。君はよくやってくれた。……それで、結論を言ってしまえば、このままいくと私たちは次の日曜日、つまり次の一週間を過ごす大学生たちが船に乗って訪れるまで、外界との接触がかなわない、ということになる」
「なぁ、やっぱり俺がボートで……」
「何度も言わせるな、里来。不可能だ。本土までどれだけ距離があると思ってる?」
「何か方法は無いのでしょうか」
伊織が顔を上げ、
「近くを通る船に助けを求めるとか。一週間も、幸一を、あのままなんて……」
そして憔悴した目で縋るように文哉を見た。伊織もオレと同じく早く部屋には戻ったが、一睡もできていないようだった。
「すでに救難信号は打った。だが、それもしばらくは無意味だろう。台風が接近しているせいで、航路が変更されている。今朝八時過ぎにこの島の南、一キロ先を通るはずだった船は姿を見せなかった。他の船もこの付近を避けて通るだろう」
「だったら、幸一は……」
「今、幸一の部屋は温度を目一杯下げている。それで間に合わないようなら、氷で周りを固めるか、不本意だが冷凍室に入れて腐敗を防ぐしか」
最後の方は絞り出すような力無い声だった。聞いていた伊織は瞳を揺らし、膝の上の拳を震わせて再び俯いた。
「チトセ……あいつどこいったんだ」
東郷が、その落ちくぼんだ目に嫌悪を滲ませ、使用人二人に向けた。イズミがその視線に気づき、静かに答えた。
「チトセは、まだ戻っておりません」
「誰か、あいつを見たか」
全員が、否定を含んで沈黙した。東郷はまいったというように細長い溜息をつき、ソファの背に頭を乗せて天井を仰いだ。
「どうすんだよ。ほぼ決まりじゃねぇか」
「東郷」
文哉が低い声でたしなめる。
「お前もわかってんだろ、文哉。いい子ぶるなよ。湖に落ちてた散弾銃が動かぬ証拠だ。しかも幸一は何故か懐中電灯を持ってなかった。そのせいで獲物だと思われたんだよ。チトセが獲物と間違って幸一を撃ち、びびってどこかに隠れてる。これが真相だ」
「よせ、憶測でしゃべるな。まだチトセに話を聞いていない。もしかすると銃の暴発や――」
「だいたい、こんな島で狩りなんかさせるお前が悪いんだ。本業がなんだろうが、メイドとして雇ってんだろ」
「彼女は〝うちの〟使用人だ。雇用形態に口出しされるいわれは無い」
「あるだろうが。現にこうやって被害がでてんだぞ」
「あーあー、やめてよ二人とも。大きな声出さないで。頭に響くから」
間に挟まれていた杏子の仲裁により、立ち上がりかけていた両者は睨み合いながらもとの位置に腰を据えた。
オレは複雑な思いで彼らのやり取りを聞いていた。幸一を撃ったとされるチトセに対し、確かな怒りもまだ湧いてこない。昨日の昼、チトセの淹れた麦茶を褒めた幸一と、それに小さく礼を述べたチトセ。ついさっきのことのように思い出される光景が、なんだか遠い昔の出来事にも思える。彼女は一体、どこへ行ってしまったのだろう。
「みんな、聞いてほしい。空の様子からして、今日の夕方には雨が降り出すだろう。それまでにもう一度チトセを探したい。裾野の森のどこかにいるはずだ。手を貸してくれないか」
文哉はまた、最初のように端から一人ずつ顔を見渡した。皆は文哉と目を合わせ頷いた。東郷はやや渋っていたものの、ついには諦めたように両手を掲げた。
オレたちは食堂で軽い昼食をとったのち、正午過ぎには二人組となって館を出た。エントランスを出た直後、遠い南の空が重く灰色に淀んでいるのが見えた。あの雲がこちらへ流れつく前に、チトセを探し出さねばならない。
午後四時には必ず館へ戻ってくるようにとの指示を受け、オレはペアになった里来について、島の北側の森へ向かった。