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 オレたちが館を出たのは午後八時。腕時計を見た里来は、オレに時刻を告げたあと、デザートを食べ損ねちまった、とぼやいた。

 途中、調理器具を抱えたヒュウガとすれ違った。彼女はたいそう目を見張り、そのあとほっと息を吐いて「一度ビーチへお戻りください」と言った。

 ビーチでは夕食が終わり、片付け作業に入っているようだった。文哉は折りたたみ椅子をたたみ、伊織は軍手をはめてバーベキューセットの網を下ろしている。ビーチの東寄りのデッキチェアでは、酔いつぶれた杏子と東郷が横になっていた。

「ああ、無人、どこ行ってたの」

 伊織がこちらに気付いて駆け寄ってきた。彼の顔は心なしか蒼白である。

「急にいなくなるから心配したよ。里来さんも、どこにいたんです」

「どこって、館だが」

「……そんな、僕、館中あなたたちを呼んで回ったんですよ!? ヒュウガは、二人が酔って海に入ったんじゃないか、って海岸沿いを崖の方まで電灯で照らしながら見てくれて……。イズミと幸一なんて今もまだ裾野の方に探しに行ってます。チトセが狩りをしてるから、暗い森で灯りも無しにふらふらしてると鳥と間違えて撃たれる、って」

「なんだ、おおごとだな」

 里来が他人事のような口調で言った。そのようすに伊織はむっと口をつぐんで眉根を寄せる。オレはすかさずその間に割って入った。

「伊織、悪い。そんな心配されると思わなくて。幸一たちはオレが呼びに行ってくるから」

 と、そのとき、館へ続く小道から息を切らしてイズミが駆けてきた。額に前髪がべったり張り付き、頬が紅潮している。

「里来様! 無人様! よかった、ご無事だったのですね」

「ごめんな、イズミ。……幸一は……一緒じゃないのか?」

「二手にわかれて、幸一様は東の森に……もしや迷って……。私、見て参ります」

「いや、いいよ。オレが行く。それ貸して」

「ですが」

 オレはイズミの手からやや強引に、懐中電灯と方位磁石を奪った。

「ごめん、オレが行きたいんだ。オレのせいだから」

 イズミは心配そうに眉を下げ、

「かしこまりました、無人様……。もし迷ったら、南へ出てください」

「わかった」

「私たちがお二人を呼んでいた声を、チトセも聞いているはずです。人がいると知っていればむやみには撃たないでしょうが、どうかお気を付けて」

「ありがとう」

 小道を駆け上がり、道沿いにずっと東へ行った。

 オレは幸一に一発殴られることを期待していた。心配にかこつけて、理絵に振られた恨みごと、オレを殴ってほしかった。そうすれば、オレも幸一も少しは気が晴れる。気休めでもいい。今はそんな風にしか、彼のことも、自分自身のことも慰めることができない。

 夜の森は予想以上に歩きにくかった。突き出た樹の根、突然の段差。視界を遮る枝をかき分け、暗色の迷路を進む。

「幸一! どこだー!」




   ◆


 オレが幸一を発見したのは、それからまもなくのことだった。

 広く深い、からっぽの湖で、彼はうつ伏せに倒れたまま動かなかった。

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