「は、はいっ!」 急に声をかけたので彼女を脅かしてしまったようだ。
「怪我でもされているのですか?」 なるべく敵意を持たれないように優しく聞いてみる。
「人間……の方ですか?」 変な質問がかえってきた。
「はあ、そうですけど……」 人間に見えないのだろうか?
「すいません、この辺りで人間に出会えるとは思っていなかったので……」
「それで、どうされたのですか?」 再度尋ねてみると
*ググググ!!* また大きな音がする。
彼女は顔を赤らめ「実はもう何日も何も食べていなくて、動けないのです」
この音は腹が鳴る音だったのか、あまりに大きな音で気が付かなかった。
彼女はどうやら森で遭難していたのだろう。
「では何か食べ物を持ってきますね。少し待っていて下さい」
彼女をおいて一人家に戻る。
どうやらこの辺りは遭難者が出るほど人里から離れた位置にあるようだ。彼女を助けて、彼女が住んでいる所を一緒に探すのが良いだろうか。
しかし、彼女は見た目と喋り方や仕草にギャップがあるように思う。
孤高の女戦士と言った風情の見た目に反して、どこか自信の無さそうな態度と話し方だった。
まあ今は弱っているから、気も弱くなっているのかもしれない。急ぎ戻り、朝に焼いておいた鹿の肉を渡す。
「ありがとうございます」
意外と大きな口を開けて肉に齧り付く。あっという間に食べ終えてしまった。
まだまだ食べそうだ。
「良かったらまだ肉はあるので焼きましょうか?」
「い、いただきます!」 幾分顔色が良くなった彼女が立ち上がろうとしている。
「まだ動けないなら、無理しないで良いですよ。焼いて持ってきますから」
「少し元気が出てきたので大丈夫です」
グー! また腹が鳴っている。鹿の足1本じゃ全然足りなかったようだ。
「川に鹿の肉置いているので歩けるなら取りに行きましょう」 と川の方向を示す。
「はい!」
明るい返事だ。本当に元気が出てきたのだろう。食べる前とは大違いだ。
ふたりで並んで川まで歩く。
しかし大きいな、自分よりも全然大きい。やっぱり身長2m超えているんじゃないかな。
ちらりと見ると何やらニコニコしている。
こんな森の中であったのにずいぶん警戒心が薄いな。
だいたいが革鎧なんて着ているという事は、ここが現代日本と言うのは有り得ない。過去にタイムトラベルしてしまったのか、現代だが未開の地に来てしまったのか?
ん……日本語で会話しているな。では日本なのか?
良くわからない。幸い言葉が通じるのだから色々聞いてみることにしよう。
「どこから来たのですか?」
「私はタリケホ村から来ました。レペ村を目指していたのですが道に迷ってしまって、手持ちの食料も無くなり、途方に暮れていました。親切な人に出会えて良かったです。本当にありがとうございます」
これは村の名前からして絶対日本じゃないな!
でも日本語で話しているから不思議。もう少し聞いてみる。
「私も道に迷っていたので、あなたに会えて良かったです。タリケホという村はどこにあるのですか?」
「タリケホ村は海沿いに西の方です。入り口は解りにくいので、場所を知らないとただ海沿いに行っても辿り着かないとは思いますけど」
話しているうちに川についた。
「あの岩の下に鹿を沈めてあるので取ってきますね」
「私も手伝います」
大丈夫だろうか?
まあすっかり元気な様子なので平気だろう。川の流れも速くはないし。
「それでは鹿は重いので一緒にお願いします」
二人で鹿を持つが彼女が頭側を軽々と持ち上げた。俺は鹿の後ろ足を掴んでいるだけだ。 彼女の方が大きいから鹿を肩に担がれてしまうと俺は何も貢献出来ない。
「重くないですか?」
まったく問題無さそうだが一応聞いてみる。
「私は村一番の力持ちだったので、これぐらいは大丈夫ですよ」
村一番か……まあそうだろう。村人全員がこんなにデカくて怪力だったら困る。
そんな村には行きたくない。
「すぐ近くで野営しているのでそこに運びましょう」
まったく貢献していない後ろ足を持ちながら方向を指示する。
我が家を見られるのは恥ずかしい気がするがしょうがない、ご招待しよう。
すぐに家にたどり着いた。
「ここに住んでいるのですか?」
自慢の我が家を見て、さっそく引かれてしまったようだ。
「私も道に迷ってしまって、とりあえずここで野営しているのです」
仮住まいアピールをしておかねば変人扱いされてしまう。
「1人で凄いですね。これなら森で暮らすという事もできるのかも……でも」
小さな声で何か言っている。
*グー!*
まだ腹が減っているようだ。
「そこの木に鹿をかけてください」 鹿を木に吊るして解体することにする。
ナイフを持ってどう解体するか、まごついていると――。
「私にやらせて貰えませんか? 村では猟は苦手でしたが、皮をはいだりの解体は良くやっていました」
「それは助かります。私は苦手なのでお願いしたいです」
非常に助かる申し出だ。正直どうすればよいのか解らなかった。
ナイフを渡してお願いする。
武器を渡すことに少し抵抗はあったが、この体格差では彼女がその気になれば、自分のようなひ弱な現代人は素手でも簡単に殺されてしまうだろう。
石のナイフなんかでひっくり返る戦力差ではないので、ここは諦めて信用するしかない。
実際、彼女は俺なんかよりも鹿肉に夢中だ。
よだれを垂らさんばかりの表情で嬉々として皮を剥いでいる。ぼんやり見ているとあっという間に皮は剥ぎ終わり。肉の解体が始まった。
切り分けた肉を受け取り家に運びさっそく焼いていく。味付けは海水だけだがしょうがない。
今日は焼き肉パーティーだな。腹いっぱい食べさせよう。
久しぶりに人に会えた喜びで何でもして上げたくなる――。
しばらくすると彼女が肉をさばいて戻ってきた。
「こんな所で悪いけど座って下さい」
焚き火を挟んで自分の向いに座ってもらう。
「焼けたら食べましょう。遠慮しないでドンドン食べて下さいね」
「ありがとうございます。美味しそうですね」良い笑顔だが、肉から目は離さない。
本当は少しでも日持ちするように干し肉を作らないと行けないのだろうが、まだ塩がない。
とりあえず食べられるだけ食べて残ったものは天日干しにしておこう。
肉をジャンジャン焼く。俺も彼女も無言でムシャムシャ食べる。俺はすぐにお腹いっぱいになってしまった。一塊も食べれば十分だ。
彼女はもはやこちらを見向きもしない。自分で焼いて自分で食べている。
何かそういう仕事の職人かのように手際よく鹿肉を摂取していく。
真剣な面持ちで食べ続けているので色々聞きたい事もあるのだが、話しかける事ができない。
まだ食べ終わりそうにないので、カマドで焼いている鍋を見に行く。
カマドの火は消えていた。
鍋はまだ熱そうなので木の棒で挟んでカマドから取り出してみる。今回はヒビも入らずにうまく焼けたようだ。
またカマドに火を入れて昨日作った小ぶりのツボを今度は焼いておく。
次は塩田を作って塩を手に入れたい。
海水を先程の鍋で煮て水分を飛ばして、大きめの葉っぱの上に撒いて天日干しするのだ。
これで塩が手に入るはず。鍋をまだ熱いので木に乗せて海まで運ぶ。
海で鍋を洗い、灰を落とし海水を鍋に入れてみる。
「よし、漏れてこないな」うまく鍋が出来たのが嬉しい。
いや、正直に言おう。美女が自分の家に今居るという現実に浮かれている。
これで塩が出来れば、干し肉でも燻製肉でもまだ鹿肉はいっぱいあるので作れるし、女性一人位の食料はどうにでもなるだろう。
一人で怖い思いをするのは、もう嫌だ。
しかもあんな美人と一緒に行動できるのなら最高じゃないか。
にやけながら拠点に戻る。
とりあえずカマドの上に鍋を置きやすいように石を3個均等に並べて、その上に海水の入った鍋を置き煮立たせる。
煮える間に大きめの葉っぱを日当たりの良い地面に敷いて塩田の準備をしておく。
彼女は家から出てこないが、疲れて寝てしまったのだろうか?
少し心配になってきたので様子をみた方がいいだろう。
家の中を覗いてみると……。
あれ? 入り口に背を向けて、まだ食べてる……?
それどころか、あれだけあった肉が見当たらない?
そして彼女が何か大きくなっている? と言うか太っている? 食べたから?
「ブフッーーー!」
彼女はようやく食べ終わったようで、満足そうに腹をなでている。
「全部食べちゃったのですか……」
すごい食欲だ。普通に考えたら有り得ない。
何十Kgあったのだろうか。
「あ、すいません。お腹が空いていたので夢中で食べてしまいました」
笑顔で彼女がこちらに振り向く。
「そ、その顔は……」
顔が丸く太って、さっきまでそこに座っていた美女の面影は残しつつも顔が豚っぽくなっている。
女性に豚とは言いすぎかもしれないが、かなり豚に近い。
いや、豚の中では美人の部類だろう。人間にかなり近いし、ただ人間の中では豚に似すぎている。
彼女も自分の顔を触って変化を確かめている。
「食べすぎないようにしようと思っていたのに、つい我を忘れて食べてしまいました。せっかく痩せて人間に近かったのに、もうバレてしまったのですね……」
どういう事だろうか? バレたって本当に豚だったのか?
「私は見ての通りオークですが、母は人間なのでハーフオークなのです」