「ふう…緊張した…!」
部屋にパソコンのファンが回る音が聞こえる。
まだ鼓動の音が聞こえてくる。
「ピコン!」
メッセージアプリの通知音だ。
デスクに置いていたスマホがパッと光った。
『今日の配信めちゃめちゃ良かったよ!!!』
同じ事務所の同期であるVTuberの子が送ってきていた。
『その調子でこれからもお願いします』
続いて運営である人が送ってきていた。
「嬉しい…!」
声にならない声が部屋に木霊する。
「嬉しい、嬉しい…」
感情が高まっている。
そうこうしていると、同期の子の初配信が始まった。
同期の初配信が終わると、時刻は23時だった。
明日も学校がある。
SNSだけ動かして寝ることにした。
『今日はありがとう〜!みんなおやすみ〜』
そう送信して、布団に入った。
「チリリリリリ!」
スマホのアラームの音が部屋中に響き渡る。
「うん…」
重たい体を起こす。
瞼を開けると、カーテンの隙間から差し込む光が瞳孔を刺激する。
スマホの画面を開き、アラームを切る。
時間を見ると7時20分だった。
いつも通り一限からある。
大学までの道のりも長いので、両親が寝ているであろう時間に出るようにしている。
十分で身支度を済ませ、早々に家から出る。
歩きで最寄駅まで行き、電車を待つ。
スマホを見ると、一件のメッセージが来ていた。
『名前:大架』
どうやら兄のようだ。
スマホのロックを素早く解除し、メッセージの内容を見る。
『元気か?』
淡白な内容だが、色々な意味が込められているように感じた。
兄とは中学の時以来、顔を見ていない。
『元気やで』
そう返信すると、電車がやってきた。
電車に揺られること約一時間、大学の最寄り駅に着いた。
学校前は一限の死んだ目をした学生が多種多様にいた。
紗倉はそのまま大学内に入って行く。
「今日の教室はっと…」
大学用のアプリをスマホで確認をする。
『一限 健康学 三階 第二講義室』
紗倉は三階まで階段を登って行く。
「ガチャン」
講義室のドアを開けると、生徒が数十名いた。
その中に、友人もいた。
紗倉はその集団に駆け寄る。
「おはよう、みんな」
紗倉がそう言うと、友人が呼応した。
「よっ!今日も頑張ろ」
紗倉はその友人の隣に座る。
席に座ると、すぐに講義が始まった。
紗倉はバッグからノートと教科書を取り出し、机の上に広げる。
今日も辛い講義が始まった。
紗倉はふと、昨日の初配信の反応が気になり、SNSを講義中に開いた。
まずは『おはよう』と発信した。
幸い、後ろの席でバレることはないし、友達も爆睡している。
初配信用のタグには、コメントにいた人やいなかった人など様々な人が発信してい
た。
『この子めっちゃ好きだわ。ほんとドストライク』
『声可愛過ぎ!』
様々なコメントがされていた。
全てに反応をする中で、一つの目を見張るような感想を見つけることができた。
『配信前から追ってたけど、ここまで努力家で推そうと思った人初めてだな』
思わず口がニヤける。
咄嗟にスクショを撮ってしまった。
マスクがなかったら完全に変人だろう。
名前は『レン』と書いてあった。
初配信にも来てくれていた人だ。
『初配信にも来てくれてたよね?ちゃんと認知してるよー』
『これからも見ててね!』
感情が高まり、つい長文で送ってしまった。
他の方が声やモデルの感想をしている中、たった一人内面を誉めてくれていることが嬉しかった。
『一人の人間』として見られていることが嬉しかった。
人生において、誉められることが少なかった。
だからこそ、新鮮で嬉しい気持ちになったのかもしれない。
そうやってスマホを見ていると、メッセージがきた。
どうやら兄かららしい。
『そうか』
そのたった一言だった。
一限が終わると、周りに座っていた友達が続々と起き始めた。
「あれ、寝てた?」
友人の一人がそう言う。
たった一人で起きていた紗倉が、諭すように皆を起こす。
「私以外爆睡だよ」
紗倉はみんなをとりあえず起こし、席を立ち上がった。
「私今日二限と三限ないから、バイト行ってくるね」
そう言って、荷物をまとめた。
「バ畜だねえ」
友人の一人がそう言う。
「まあね〜」
紗倉はそう言って、講義室を後にした。
紗倉は大学内を出て、バイト先である駅にある飲食店を目指した。
友人には言ってないが、学費は自分で払っている。
両親が出してくれるわけがない。
だからちょっとの隙間時間ですらバイトを入れているが、結局娯楽で使えるお金はほぼ残らない。
しばらく歩いていると、バイト先についた。
朝のピークタイムが終わったことにより、店内は物静かな印象だ。
「よろしくお願いします〜」
紗倉はバックヤードに入り、タイムカードを切る。
「お、今日も空いた時間で入る感じ?」
バックヤードにいた休憩中の先輩が話しかけてくる。
「四限始まるまでですけどね〜」
紗倉は自分のロッカーで店の制服に着替えながら、そう答える。
「てことは二時間くらい?」
先輩がそう聞いてきた。
「シフト的にはそんくらいですね〜」
「大変だなあ、学生ってのも。まあ、頑張れよ」
先輩は軽く肩を叩いて休憩室から出ていった。
紗倉は制服を整え、仕事の準備を済ませるとフロアに出た。
ランチタイム前の静かな時間帯とはいえ、ちらほらとお客さんはいる。
紗倉は笑顔を作りながら接客をこなす。
バイト中は頭を切り替えて仕事に集中する時間だが、心の中ではやはりVTuber活動や兄のメッセージのことがちらついていた。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
常連と思しきサラリーマンのグループを案内しながら、ふと昨夜の配信のコメントを思い出した。
『ここまで努力家で推そうと思った人初めてだな』
(誰なんだろう……「レン」って人)
VTuberがリスナーにテコ入れをすることは基本的に御法度である。
だが、もっと知りたくなってしまう。
おそらく、配信が始まるまで表に出なかったことを考えると基本はROM専で見ている人なのだろう。
その証拠に、紗倉が投稿した内容にはイイねを押すだけで、特に反応などはしない。
他のファンと比べて返信の内容が淡白だからこそ、素性がわからずもっと知りたいなどもあるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、バイトのシフトはあっという間に終わった。
「お疲れさま!」
先輩に声をかけられながらタイムカードを押し、制服を脱いで私服に着替える。
四限の講義に間に合うように大学へ戻る途中、紗倉はスマホを開いて通知を確認した。
活動用のSNSに通知が来ているようだった。
一限の間に返した返信に対して、さらに返信が返ってきている。
その中に、『レン』の返信も見受けられた。
『コメントちゃんと見てくれてるんだね。認知してくれるの嬉しい。これからも楽しみにしてる』
短いながらも丁寧な返事がそこにあった。
その文面に、自然と笑みが浮かぶ。
「……ほんとに優しい人だな」
電車に揺られながら、『レン』のSNSをチェックすることにしてみた。
すると、彼の過去の投稿がいくつか見つかった。
『新人さんの初配信を見るのが趣味』
『長続きしてほしいな。この業界、辞める人多いし』
一見すると普通のリスナーのようだが、どこか彼の言葉には温かさが感じられる。
特に「長続きしてほしい」という言葉は、紗倉にとって重く響いた。
自分自身、いつまで配信を続けられるのか不安だったからだ。