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陰キャ(悪霊)には陰キャ(JC)をぶつけんだよ!
陰キャ(悪霊)には陰キャ(JC)をぶつけんだよ!
幕田卓馬
恋愛スクールラブ
2025年01月23日
公開日
7,303字
完結済
学校に巣食うという悪霊『キミコさん』に遭遇してしまった僕と彼女。呪われてしまった彼女を助けるため、僕は彼女に命令されるがまま、学年で一番『幽霊っぽい』と言われている陰キャ『影山蕪太郎』の元へ相談に向かうのだがーー

陰キャ(悪霊)には陰キャ(JC)をぶつけんだよ!

 N県J市の冬は、雪を散らす灰色の雲が、いつも僕たちの頭上で蠢いている。

 昨晩降った重たい雪は早朝の除雪車で押し除けられ、排気ガスで染まった路肩の黒い雪と、マーブル模様に混ざり合っている。


 中学校に向かう僕の心模様も、この路肩の雪壁と同じように複雑だった。

 ずっと好きだった服部はっとりさんと、この度お付き合いするに至ったものの、初めてのキスを交わそうとした放課後の教室で、あの『怪異』に遭遇し、彼女が呪われてしまったからだ……。


 キミコさん。


 それはこの中学に取り憑いているとされる、女子生徒の怨霊だ。生前はとてつもない美人で、先輩後輩問わず数多の男子生徒を虜にしていたらしい。

 しかしある日、雪道で転んだ拍子に、雪に埋もれていた氷の塊で顔に消えない傷を負い、それがきっかけで取り巻きからは見向きもされなくなる。

 悲観した彼女はここ学校の屋上から飛び降り、やがて地縛霊となった。

 それ以来、浮かばれない彼女の魂は、放課後の校舎を徘徊している。そして逢瀬を楽しむ男女を見つけては、蛇のような黒い影で女生徒に噛みつき、呪いをかけるらしい……。


 呪いを受けた女子は、一週間後に目を覆いたくなるような醜い傷を、その顔に負うとのことだ。

 まるでキミコさんのような……。


 そんな怪異に、僕たちは出会ってしまったのだ。


「康平くん、私どうすればいいの!?」休み時間になると服部さんが席にやってきて、僕の肩をガクガクと揺する。「昨日お母さんに相談したけど、信じてもらえなかった! 先生だってきっと信じてくれないよ!」


「うーん……どうしよう……」


 やはり、大人が信じてくれるわけないか。僕は頭を抱え、唸る。でも焦ったところで妙案が思い浮かぶわけでもない。


「なにそれ、サイテー……自分には呪いの害がないからって、他人事なんでしょ!?」


「そんな事ないけど……」


 有名な神社とかに相談すればいいのだろうか? それともテレビで有名な霊媒師? どっちにしろ中学生の子供の話を信じてくれるかわからないし、お金だって持ってない。


「あーあ! なんで康平くんなんかと付き合っちゃったんだろ」


 服部さんはでかいため息を吐いて、僕を睨んだ。


「私、本当はバスケ部の桜木先輩が好きなんだからね! でも先輩はリードしてくれるオトナな女性が好きらしいから、経験値稼ぎで康平くんと付き合ってあげたの。それだけなのに……うええええん……」


 そう言って泣き出す。めちゃくちゃ暴論なのに、泣かれちゃうと何も言い返せない。女の涙ってすごい。


「絶対に責任とってよ」


「ええ……」


「かわいい私がキズモノになるかもしれなんだよ!? あんたなんかと一瞬だけでも付き合ってあげたんだから、お礼として命懸けでも呪いを阻止してよね!!」


 最悪の気分だ。

 でも放課後の教室の雰囲気にのまれて、唇を近づけたのは僕だ。僕に呪いの責任があるというのは、真っ当な気もする。

 でも、だからと言ってどうしたら?


 僕が頭を抱えていると、突っ伏して制服の袖で涙を拭っていた服部さんが顔を上げた。


「あ、そういえば……」


「あの、どうしたの?」


 腫れ物に触るように僕は聞き返す。


「8組に、霊界に通じてるんじゃないかって噂の『影山かげやま蕪太郎かぶたろう』ってのがいるらしいの。そいつとキミコさんをさ、衝突させればいいんじゃない!?」


「はあ?」


 どうしよう、何を言ってるのかわからない。


「だって幽霊みたいなやつなんだから、幽霊同士、互角に戦えるはずだよ!!」


「ええ……そういうもんなの?」


 服部さんが、全教科赤点ギリギリの少し残念な子だった事を思い出した。それでいて、一度言い出したら聞かない子である事も。


「じゃあ他に何かいい案あるの?」


 そう問われても、やっぱり何も思い浮かばない。


「ちくしょうキミコめ。自分がモテないからって、可愛い女子を憎むなんて陰キャクソ野郎じゃない!!」


 服部さんは声高らかに叫ぶ。僕の机に奇異の視線が集中して、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「そう! 陰キャには、陰キャをぶつけんだよ!!」



   *   *   *



 影山かげやま蕪太郎かぶたろうという生徒は、放課後の2年8組、窓際の一番後ろの席で、一人鬱々と本を読んでいるらしい。

 服部さんにドヤされた僕は、放課後に2年8組へと向かう。もちろん服部さんは着いてこない。今日は友達とカラオケに行く予定があるからだ。


 2年8組のドアを開けた瞬間、その空気の異様さに気付き、足を止める。

 窓際の一番後ろの席あたりに黒い影がうずくまっていて、そこを中心に広がる濁ったオーラが、教室全体を覆っているような気がした。

 正気を保つために、僕は目を瞑って頬を両手でパシパシと叩く。再び目を開けると、そのどす黒いオーラも薄らいだような気がした。


 その席には女子の制服を着た人が座っていた。いや、人かどうかも怪しい。長く伸びた黒い髪が顔の半分以上を覆っていて、異常なほどの前傾姿勢で貪るように文庫本を読んでいる。

 僕はゆっくりと彼女に近づき、警戒されないように愛想笑いを浮かべた。


「あの、こんにちは、僕は1組の阿部あべ康平こうへいって言うんだ」


 とりあえず自己紹介。その女子は何も言わず、視線も文庫本から動かさない。


「あの、ここって影山かげやま蕪太郎かぶたろうくんの席だよね? 今どこにいるか知らない?」


 女子は何かを呟いた。


「え? 何?」


 僕は聞き返す。


「……わるいかよ……」


「ごめん、よく聞こえない」


「……女が、蕪太郎って名前で……悪いかよ……」


 その言葉で、僕は彼女が件の『影山蕪太郎』本人である事を知った。およそ女らしくないその名前について、一瞬だけ疑問がもたげるも、すぐに失礼な事を言ってしまったと反省する。


「ごめん、知らなくて。1組と8組って、あんまり接点ないから」


 彼女は何も言わない。視線はまだ、文庫本のままだ。


「あの、いい名前、だと思うよ?」


「……うそついてんじゃねーよ、クソが……」


 小声なのにめっちゃ口が悪い女子だ。


「……で、なんか用……?」


「ああ、えっと」 


 男を想定していたから、ざっくばらんにキミコさんの相談をして、早々に立ち去ろうと思っていた。どうせ対処出来るわけがないのだから、相談したという事実だけを服部さんに伝えられれば十分。

 でも、相手が女子となると、やっぱり気まずい……。『お前、幽霊と同類っぽいんだよ』って遠回しに言っているようなものだから。まあ、実際に見た目は同類っぽいんだけど……。


 ボサボサの髪、妙に猫背な体勢、小さな掠れ声。一昔前に流行った、テレビから出てくる悪霊のお姉さんにそっくりだ。


 困ってしまった。面と向かって相談はしにくいけど、かと言って何もせずにこの場を立ち去るのも変な感じだ。

 だから僕は『放課後に残ってるとキミコさんが現れるらしいよ?』『影山さんはキミコさん知ってる?』『実は僕、昨日キミコさんに遭遇しちゃってさ……』 と、雑談みたいに事のあらましを語ってみる。

 話題に食いついてくればそれでいいし、無関心ならしれっと立ち去ればいい。


 影山さんは横目で僕をチラリと見て、また何かを呟いた。


「え、なに? 聞こえないよ」


「……放課後の学校で……いちゃついてんじゃねーよ……」


「う、ごめん……」


 なんで僕が影山さんに謝らなくちゃならないのかわからないけど、確かに放課後の学校でイチャつこうとしたのは褒められた事じゃない。


「……目の前でイチャつかれたら……そのキミコって悪霊がキレるのも、うなずける……」


「でもそれを言うなら、キミコさんだって、生前は校舎内でイチャついてたって噂だよ?」


 僕は生前のキミコさんの噂を、知ってる範囲で影山さんに説明する。生前は多くの男子から好かれ、でも顔の傷が原因で転落してしまったという話だ。


 話し終えて、影山さんの視線が僕に向けられている事に気付く。手入れされてない長くてボサボサの髪の毛の隙間から、真っ黒い目が僕の顔を見上げている。


 失礼だけど、僕は背筋に悪寒が走った。

 キミコさんと遭遇した昨日の放課後と、同じような感覚だった。


「……あたしはね……ひとつだけ、ゆるせねーものがあんだよ……」


「え、なに?」


 こわいこわい……


「……それは、ファッションで陰キャ面してるクソ野郎さ……。『わたし〜、心が弱くて生きるのが大変なの〜。理解ある彼くんがいるから、なんとか生きていけてるけど〜』とか『好きな人に好かれないって辛いな……(ぴえん)。色んな人に好きって言われるけど、私が本当に好きな人にはいつも振り向いてもらえないの……』とか、そういうゲロカスみたいな世迷いごとをほざく、自虐風自慢クソ野郎が、あたしは心底憎いんだよ……」


 うわぁ、と僕は思った。

 陰湿だなとか、心が狭いなとか、みなまでは言えない嫌悪の感情を、全てをオブラートに包んだ結果、うわぁって思った。


「……そのキミコって女、そんなゲロ以下の臭いがプンプンすんだよ……。そんなのが校内をうろついてんのがうぜぇし、ぶち殺したい……」


 悪霊に対して『その女』呼ばわりだ。

 影山さんの背後から、黒いオーラが湧き上がるのを感じた。それはキミコさんに会った時に感じたものに似ているが、その総量はキミコさんのそれを遥かに凌駕している。


 ひょっとして、ひょっとすると、食い殺せるのかもしれない。

 影をさらに深い影が包み込むように。

 路肩の黒ずんだ雪を、新雪が覆い隠すように。


「……明日の放課後、その女のところまで案内しろ……。自虐風自慢の、落とし前つけてもらう……」


 陰キャには陰キャをぶつけんだよ!!


 服部さんが言ったこの作戦は、あながち的外れではないのかもしれない。



   *   *   *



 次の日の放課後、僕と影山さんは誰もいない2年1組の教室で、キミコさんの出現を待っていた。

 ちなみに服部さんは今日も帰ってしまった。今日は男女数人のグループでボーリングに行くらしい。


「……全然、出てこねーじゃねーかよ……」


 影山さんがぼそりと言った。

 そんなこと言われたって、キミコさんの都合なんて僕が知るはずもない。一昨日はこの教室で服部さんとイチャついてたら、突然現れたんだ。


 僕は窓の外を見た。

 灰色の空から降り続ける雪は、白をまた別の白で塗り替える。そんな生まれ変わりを繰り返しながら、この町の冬は細々と生き続けている。

 暖房が消えた教室は、少し肌寒かった。


「――あ、そう言うことか」


 僕はキミコさんの性質を思い出して、隣に立つ影山さんの手を握った。


「は!? なに!? てめーいきなりなにすんだよ!?」


 影山さんはその手を振り解く。


「ほら、キミコさんは『イチャつく男女』の前に現れるんだ。だからこーやって恋人同士みたいにカモフラージュしとけば、現れるんじゃないかって……」


「ここここここここ恋人って……!」影山さんの声が震えている。「ならそう言ってからやれよ!! び、び、びっくりするだろーが!!」


「ごめんごめん。ていうか影山さん、そんな大きい声出るんだね」


「……うるせーよ、クソが……」


 気を取り直して、僕は再び影山さんの手を握る。


 陰湿で幽霊みたいな風貌とは裏腹に、その手はやわらかく、温かかった。

 その温かさに気付いた時、僕もなんだか気恥ずかしい感情が、炭酸の泡みたいにじゅわじゅわと湧き上がってくる。

 その気持ちに栓をして、冷静を装いながら影山さんの顔を――


 あ、いた。


 『それ』は音もなくそこにいた。


 僕と影山さんの間に立つようにして、朧げな女が立っていた。


 キミコさん――


 その女は、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


 真っ白な肌。

 降り積もった雪のように白い。

 しかし、無粋な足跡のような痛々しい傷が、口の端から耳までを繋いでいた。


 その口を開けて彼女は笑う。


 真っ黒な闇がのぞいている。


 僕は恐怖で動けなかった。ただ影山さんの手の感覚だけを頼りに、なんとかこの場所に意識を止めている。


「……てめーが、キミコか……?」


 呟くような影山さんの声が、しんとした教室に響いた。


 繋いだ左手が強引に引かれ、僕はバランスを崩しそうになる。

 キミコさんと向き合った影山さんは「ははっ……」と見下すように笑った。


 キミコさんの笑い顔が引き攣り、怒りに満ちる。そして、その恐ろしい形相のまま、僕の隣に立つ影山さんを睨みつけた。


 妬ましい……


 妬ましい……


 どす黒い思念が脳内を埋め尽し、キミコさんの抱えた悲劇や、不幸や、憎しみが、濁流のように流れ込んでくる。

 そして、蛇のような黒い思念体が彼女の背中から伸び、こちらに向かって首をもたげ、口を開けた。


 服部さんが呪われた時と同じだ。


 叫びたいのに、恐怖で喉が締め付けられ、声が出ない……。


 しかし――


「……あぁ? リア充の分際で調子こいてんじゃねーぞ……?」


 黒い思念体が、影山さんに噛みつこうとしたその瞬間、彼女は啖呵を切った。


「……こちとら生まれてこの方、恋人どころか友達だって出来たことねーんだぞ……?」


 キミコさんの思念体がすんでのところで止まった。


 睨み合う二人。

 死者の陰キャと、生者の陰キャ。


 そして僕は、この二人の間に生まれた領域に、踏み込むことが出来ない。


「……てめー、死ぬまではたいそう充実してたらしいじゃねーか……。親に愛されて、友達もたくさんいて、カレシだって取っ替え引っ替えで……チッ!」


 舌打ちをして、影山さんは続ける。


「てめーの両親、今でも月命日には墓前に花を飾ってるらしいぜ? 悪霊の分際で、いいご身分だな……。それで何が『妬ましい』だよ……」


 影山さんの背中から、キミコさんと同じような黒い思念体が湧き出てくる。

 それは鬼の姿となり、咆哮を上げた……ように見えた。


「か、影山さん、キミコさんに詳しいね……」


 領域から蚊帳の外にされた事で、やっと声が出る。


「リサーチしたんだよ……。ダーク・ウェブでな……」


「ダーク・ウェブ?」


「そう……8ちゃんねるっていうんだよ……」


 民度が低いことで有名な匿名掲示板だった。


「てめー、顔を怪我して男から相手にされなくなったって悲観してたらしいじゃねーか……。でもな、そんなお前の事を、幼馴染の……サトシくん? はずっと想い続けてたんだぜ……?」


 上目遣いで影山さんを睨みつけていたキミコさんだったが、サトシくんの一言ではっと顔を上げた。


「気づかなかったのか……? でめーは、少女マンガの鈍感ヒロインか……? そいつは今でも、お前の墓に手を合わせてるらしいぜ!? このクソリア充がよっ!」


 影山さんの背後に立つ思念の鬼が、蛇のように蠢くキミコさんの思念体を握りつぶす。蛇はのたうちその手から逃れようとするが、鬼は決して離さない。


「あたしの名前はなぁ! 女なのに蕪太郎なんだよ! クソ親父がカブの漬物を食ってた時に生まれたらしいからな! あたしは生まれた瞬間からそんな扱いさ! 温室育ちのてめぇとは、闇の深みが違うんだよ!!」


 影山さんの叫び声と呼応するように、鬼もまた咆哮を上げる。そしてキミコさんの蛇を両手で掴み、引きちぎった。


 暴れ回る蛇は大口を開け天を仰ぐ。

 キミコさんも両手で肩を抱えて俯き、痙攣するように何度も震える。そして顔を上げた瞬間、口から大量の黒い液体を滝のように吐き出した。


「……ほら、あたしからしてみりゃ、てめーの闇なんざ間接照明レベルなんだよ……」


 影山さんが顔にかかったボサボサの黒髪を掻き上げる。


「てめーは陽キャさ。ただ……致命的に鈍感だった。ただそれだけの事だろうが……」


 吐瀉物を流し切ったキミコさんは、狂った『悪霊の目』ではなく、うつろだけど理性を感じさせる『人間の目』で、僕と影山さんを見た。


 ――私、気づかなかった……。


 体がどんどん崩れていく。


 ――醜くなってしまった私の事を、愛してくれた人がいたなんて……。 


 それは白い光の粒となり、教室の窓を通り抜けて、天へと昇っていく。


 灰色の校舎に降り積もる雪と、灰色の空へと昇っていく光の粒――


 交差する二つの白は、まるで逆さまの世界が交わるような、あるいはあの世とこの世が混ざり合うような、とても奇妙で美しい光景だった。


「成仏、したのかな?」


 天に消えていくキミコさんを見ながら、僕は影山さんに尋ねる。


「……しらねーよ……」影山さんは溜め息を吐く。「でも、自分が幸せだったって事を、思い出したんだ……。未練がましく、この世に留らねーだろ……」


 口は悪いけど、彼女なりの優しさがこもった言葉のような気がした。

 僕は影山さんを見る。

 顔にかる前髪を掻き上げた影山さんは、先程までの悪霊じみた雰囲気は薄れていた。なんだか、ただの少しオシャレに疎いだけの、普通の中学生の女の子に見えた。


 ていうか、けっこうかわいいかもしれない。


「あ、あああ!? 何見てんだよクソが!」


「ううん、別に」


 さっき思った事は、言わないでおこう。言ったらきっと、僕は照れ隠しで殺されるかもしれないから。



   *   *   *



 キミコさんの一件から二週間が経った。


 あれから服部さんには何の不幸もない。本当にキミコさんは成仏して、呪いは解除されたのだろう。


 服部さんには一言「ありがと」と言われたが、それっきり完全にフラれてしまった。男女でボーリングに行った時に、僕よりも条件のいい男子と知り合って、すぐに交際に発展したらしい。

 そりゃ、多少はムカつきもした。でも悲しさは全くなかった。

 服部さんの性格の悪さを知ったから、ってのもあるし、それに――


 放課後、僕は8組の教室に向かう。ドアを開けると、窓際の一番後ろの席に、ボサボサの髪の悪霊みたいな女子が座っている。


「……ああ? 何しに来たんだよ……?」


 耳を澄ませないと聞こえない、小さく掠れた声。


 僕は彼女の隣に座り「別にいいじゃん」と言って窓の外を見た。


 この街の冬は日照時間がとても短い。

 空はいつだって灰色で、積もった雪を雨が溶かし、その雪泥せつでいを再び新雪が白く染めていく。


 僕の恋もまた、新しい何かで染め替えられた。それが雪なのか、みぞれなのか、雨なのかは、今の僕にはわからないけど。


「前髪、上げればいいのに」


「……うるせーよ、汚物を晒さないための、あたしなりの配慮だろーが……」


「そんな事ないし……」


「ああ……?」


「いや、何でもない」


 悪霊さえも裸足で逃げ出す、最強の陰キャ『影山さん』。でも僕の一言で、もしかしたら彼女は最弱になってしまうかもしれない。


 だったら、もう少しこのままで。


 暖房の消えた教室で、吐息で手を温めながら、僕は一人で頷くのだった。

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