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第41話:8回目 クリスマス・キャンプ②

 国道から脇道に外れ、枯れた田園風景の中をしばらく走る。前方に隆起した丘をジグザグに上り、少し開けたところでキャンプ場の看板が見えてきた。


 管理棟前の駐車場に車を止める。


 チェックイン可能時間が11時からと比較的早く、その時間より少し早く到着したわけだが、受付の扉の前ではすでに何組かの利用者が並んでいた。


 僕らの住む地域では、冬になると大半のキャンプ場が閉鎖される。利用者の減少や、除雪などの管理などで採算が合わないからだろう。しかし探してみると通年営業しているキャンプ場もいくつかあり、中には冬季割引料金が適用されるキャンプ場もあったりする。

 このキャンプ場もそんなキャンプ場の一つで、12月から3月までの間は4割引の料金になるらしい。そんなお得感もあって、冬の間も結構賑わっているキャンプ場なのだ、と川上君が言っていた。


 キャンプサイトはこじんまりとしていて、楕円形の敷地を覆うように、葉の落ちた木々が並んでいる。その木々の一つ一つ電飾が巻かれていた。今は通電されていないが、夜になり点灯した様を想像するとなんだか胸が躍る。

 茶色く色褪せた芝と、樹皮を露出させた木々と、水で薄めたような青空。

 眠りにつく前の雛鳥のような、安堵と静寂の空気がキャンプサイト全体を満たしている。冬という季節の持つ色や性質が、箱庭のように凝縮されてこの場所に詰め込まれているようだ。


 冷たい冬の風が吹いた。


 僕は緩めに巻いていたマフラーをもうひと巻きして、端の部分をマウンテンパーカーの首元に詰め込んだ。


「ううー、めちゃくちゃ寒いね」


 寒さを紛らわすためか、ぴょんぴょんと飛び跳ねる穂乃果ほのか


「設営してれば暖かくなる!」


「うむ! その通りだ慎三郎しんざぶろう!」


 お互いに妙にテンションが高いのは、カロリーを燃やして体を温める目的が半分、これから始まるクリスマスキャンプへの期待が半分、だと思う。



   △



 オートサイトを2区画、川上君夫婦と隣同士で借りていた。

 設営が終わると、女性陣がテント内の家具配置を調整し始めたので、僕と川上君はサイト内をぶらぶら歩きながら、枯れ枝や松ぼっくりを集めることになった。


「場内を一周して戻ったら、ビール飲みましょ!」


 設営後の一杯は川上君ルーティーンなのだろう。当然僕も付き合う所存である。


「いやー、それにしても桑野さんがこんなにキャンプに嵌ってくれるなんて、予想もしなかったですね」遠い目をする川上君「紹介した甲斐がありましたよ」


「不思議なもんだね。僕自身も思ってなかった」


「また来年も、みんなでキャンプに行きたいですねー」年の瀬を意識し、今年の出来事に思いを馳せているようだ「ちょくちょく、こっちにも帰って来れるんですよね?」


「うん、そうするつもり」


「我々がそっちに行くのもありですからね。結構いいキャンプ場があるらしいですよ」


「下調べも兼ねて、ソロキャンしながら暇を潰すとするよ」


「引越しの準備は順調ですか?」


「アパートは決めてあるし、荷物もほぼぼぼまとめてあるから、来週末には送る予定。年末は実家で過ごして、年始から向こうで仕事になりそう」


「そうですかー」


「うん」


 木の枝と松ぼっくりを放り込んでいた袋がいっぱいになってきた。サイトないそぞろ歩きもそろそろ終盤に差し掛かる。

 これから設営を始める若いカップル、焚き火に薪をくべる老夫婦、何かを煮込んでいるソロキャンパー。それぞれがそれぞれのキャンプを楽しんでいる。その営みをちょっとだけ覗き込みながら、重たくなった袋を両手に抱えて歩く


「最近の先輩、仕事でもミスばかりで、見てらんないですよ」


 川上君が不意に口を開く。先輩とは、当然穂乃果の事だろう。


「ええー、穂乃果らしくないね。なんかすいません」


「それだけショックなんですよ、桑野さんと離れるのが。でも、あれですよね? 桑野さんと2人の時、先輩って多分、いつもと変わらない感じじゃないですか?」


「うーん、確かにそうだね。いつもの感じだけど」


「そうなんですか……。あの、気を悪くしないで聞いて欲しいんですが、今先輩、かなり無理してるんじゃないですかね。離れるまでの期間を、楽しい思い出だけにしときたいから、寂しさを押し殺してるのかも知れないですよ」


 言われてみれば、そうかもしれない。


 先日引越しの準備を手伝ってもらっている時も、いつも通りニヤニヤしながら『帰省するときは毎回お土産を買ってきてねー」と軽口を叩いていた。

 僕の引っ越しについて、多かれ少なかれ『寂しいなー』って言う気持ちはあるんだろうなとは思っていた。

 でもそれが『どの程度なのか』については、正確な程度を測れずにいたような気がする。


「この前、重要な書類をシュレッダーにかけちゃって、課長に溜め息吐かれてましたよ。そんな状態なのに無理やり仕事を抱え込もうとするから、その皺寄せが全部僕に来てる感じです」


 まあ、事情は知ってますし、今まではこっちが散々迷惑かけてたんで、それくらい全然いいんですけどねーーと川上君は笑った。


 赤く燃える焚き火の根底には、黒く炭化した木屑が横たわっている。


 表面上の明るさの奥底にどんな色が横たわっているのかは、近くで目を凝らさないとわからない。


 老夫婦の焚き火を遠巻きに見ながら、僕は思う。


 最近の僕は、自分の悲しみばかりに目を凝らしていて、隣で佇む穂乃果の気持ちに目を凝らすのを怠っていたかもしれない。


 サイトに戻ると、穂乃果と川上奥さんがコーヒーを飲んでいた。


「慎三郎と川上も飲む?」


「うん、お願い」


「先輩、いただきます」


 ちょい待って、お湯を沸かし直すから、そう言ってガスコンロを点火する穂乃果の後ろ姿を僕は見つめた。背中の肌を通り越して、胸の中央に位置するであろう概念的な塊が、今どんな色に染まっているのかを確かめるように。



   △



「それでですね、前回の打ち合わせと全然話が違うのに、取引先は『納期は1ヶ月後って言ってましたよね』の一点張りでして、課長が『あわわあわわ』って冷や汗流してたんですよ」


 ビールを喉に流し込む川上くん。僕もビールを一口飲む。日は傾きかけ、枯れた芝生をビール色に染めている。


「そしたらですね、先輩がおもむろにメモ帳を広げて、ものすごいスピードで前回の打ち合わせから納品までのスケジュールを事細かに書き出しはじめまして! このプロセスが3.5日掛かって、ここが2日 で、ここが半日で、ってめちゃくちゃ詳細に書き出すもんだから、相手方も若干引いてましたよ! そんでもって『このように、30日で作成する場合はこことここが短縮されますが、その場合、完成品のこの部分の品質については保障し兼ねます。いかがいたしますか?』とか言うもんだから、相手方も『いや、品質についてはしっかりしたものでないと』って。『なら、品質を確保するため。このスケジュールに則って、10日後の納期で構いませんよね?』とか言って、話を収めちゃったんで、側から見ててビビりましたよ。この先輩こわ! って」


「こわくないし、仕事に一生懸命なだけだし」


 不満そうな穂乃果。


「いや、でも、うちらは気づいてましたからね。あのスケジールって、一個一個の期間を実際より微妙にかさ増ししてましたよね。相手方に違和感を持たれない程度に。そこがまた怖かったんですよ。真面目な顔して誤魔化しはじめるから、度胸あるなーっていうか、この人敵に回しちゃいけないって」


「仕方ないじゃん、誤魔化しでもやんなきゃ、面倒なことになるって目に見えてたから」


「恐れ入ります。桑野さん、先輩を敵に回すとヤバいんで、気をつけてくださいね、って話でした」


「どんな話だよ。ていうか今この瞬間、お前が私を敵に回したからね」


 川上くん側のサイトに椅子を並べ、焚き火を囲む。

 夏の焚き火は暑さを助長してしまうため、少し離れたところから眺めたくなる。しかし冬は暖を取るために、火との距離が自然と近くなる。だからこうやって4人で火を囲んでいると、僕らの間隔感も必然的に縮まっていくような気がした。物理的にも、心情的にも。


 黄昏時の空を見上げる。


 冬の星は、普段よりも早く輝き始める。


 そしてそれに呼応するように、木々に巻かれた電飾が次々に点灯しはじめた。


「お、点いた」


 僕の呟きを聞いて、膨れていた穂乃果と、ビールを傾けていた川上くんと、二人を和やかに眺めていた川上奥さんが、同時に辺りを見回した。


 イルミネーションに彩られ、クリスマスキャンプの夜が始まる。 





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