初雪が降り、昼間の陽気で溶け、夜の冷気がそれを凍てつかせる。
水が姿を変えながら転生を繰り返す様を横目で眺める日々の中、気が付けば冬は、灰色の傘をさして僕の隣に佇んでいた。
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「え、クリスマスの予定ですか? そんなのキャンプに決まってるじゃないですか? この時期にぴったりなキャンプ場がありまして、毎年2人でそこに行ってるんです。あ、今年は先輩達もご一緒にどうですか? クリスマスの予定は……あ、まだですか? それならいきましょう。はい、今、予約入れときました」
もはや恒例となっている川上君宅での定期報告会にて、何の気無しに話題の一つとして今年のクリスマスの予定を尋ねたところ、怒涛の勢いで僕らの予定が決まってしまった。隣でためいきを吐いている
穂乃果とて、僕と同じでキャンプの話に胸が高鳴らないわけがない。
そして、そんな僕らの性質を知っているからこそ、川上君は僕達に半ば強引に見えるような提案をしてくれる。
「このキャンプ場はですね、クリスマスシーズンはオーナーのご厚意で木々がライトアップされるんですよ」タブレットで写真をスワイプしながら、川上君は僕と穂乃果の表情を見比べる「ほら、なんだかすごくロマンチックですよね」
「キャンパーさん達も、テントをライトアップする方がたくさんいて」コーヒーのおかわりを持ってきてくれた川上奥さんが話のバトンを引き継ぐ「キャンプサイト全体がほんのり明るく輝いて、とても綺麗なんですよ」
「うわぁ、すご……」
写真を見て、感嘆の声を上げる穂乃果。そんな先輩の表情にご満悦の川上君だった。
そして帰りの車の中。
スマホでキャンプ場のホームページを眺めながら、穂乃果は長い溜息の後に言う。
「多分、今年最後のキャンプになるね。まさかクリスマスをキャンプで過ごすことになるなんて、去年は思いもしなかったよ」
「感慨深いよな」
穂乃果が感じているであろう、自分たちの変化に対する達成感的なものに関しては、当然僕も同じような思いを抱いている。ここ数年の僕は、クリスマスなど何処吹く風とばかりに、部屋の中でガンプラを作っていた。去年は確かNT−1、その前はケンプファー、その前はザクII改だったか。どう見てもポケ戦である。
「なんかさ、クリスマスをこんなに意識するのって、ほんと久しぶりかもしんない」
「独り身だった頃は関係ないイベントだったしね」
「それもあるけど、なんていうか、年取ってからあんまりワクワクしなくなったじゃん?」
「年取ったってほど、年取ってねーだろ」
「子供の頃は、無条件にドキドキしたんだよね。クリスマスに向けてどんどん世間が盛り上がっていくから、それに触発されて自分もワクワクするっていうか」
「あー、わかるかもその感覚」
「今は、その世間の盛り上がりも、商売戦略というか、色々『そうすべくしてそうしてる』って言うのを薄っすらと感じちゃうっていうか、ね」
「踊らされてる感、ってやつ」
「それが悪いってわけじゃないんだけど、なんか昔のようにはいかないよね」
「でも、どんな目的があるにせよ、結果として街は煌びやかになるし、美味い肉が売ってたり、ケーキが並んでたりする。その恩恵だけ受け取って、僕らで勝手に僕らだけの目的をしれっと添えればいいんじゃね」
「だよねー」
車はいつも曲がる交差点を直進し、駅に向かう車の流れに乗る。駅前は色とりどりのアウターで身を包んだ人々が、時に進み、時に立ち止まり、時に交差しながら、荒れた筆先で描かれた絵画みたいに、夜の街を染め上げている。
駅前の木々はイルミネーションで彩られている。
運転中の僕は、横目で木々の賑わいと、それを眺める穂乃果の横顔を見た。
「うん、踊らされるのが正解だわ。この世間の賑わいにさ。だって中々に、ドキドキさせられるもん」
穂乃果はスマホを掲げて、イルミネーションの写真を撮影する。
僕は頷いた。
外を見ている穂乃果が、それに気付いたかはわからないけれど。
遠回りをして、家に戻る。
電気をつけると、使わない家具を詰め込んだ段ボールが玄関に積み上げられている。もうすぐ来る、引っ越しの前準備だ
エアコンと灯油ストーブを最大火力でつけて、冷たいこたつ布団に滑り込むと、帰り際にコンビニで買ったビールの缶を開けて、2人で乾杯した。
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そしてクリスマスキャンプ当日。
名目上クリスマスキャンプではあるが、当日は平日にあたるため、直近の土日をキャンプ日としている。
今思うと学生時代はクリスマスイブ前日と冬休みの開始日がかぶっていた。クリスマス絡みの2日間は必然的に休日であり、その結果、クリスマスのワクワク感と冬休み開幕のワクワク感がごっちゃになってたのかもしれない。
大人になってからは、クリスマスだろうが何だろうが平日であれば働かなければならない。大人になってからあの頃と同等の『特別感やワクワク感』を求めても、手に入れるのはけっこう難しいのかもしれない。
でも、今日の僕は10数年ぶりに、あの頃に似た『特別感やワクワク感』で胸を躍らせている。
やっぱりいくつになっても、特別な日は特別な日であり続けて欲しい。
お互い荷物が多いため、車2台での移動になった。川上君のSUVの後ろに僕のコンパクトカーがついて、国道を南下していく。
灰色の雲の切れ間から青空が覗く。
穂乃果がオーディオの自動再生で流れていたバラードを曲を停止させ、自身のスマホから旅の始まりにうってつけのアップテンポな楽曲を流す。穂乃果が小声で口遊み、僕もその声に並び立つように同じ歌を口遊む。だんだんテンションが上がってきて、小声の歌が熱唱に変わる。一曲歌い終え、ドリンクホルダーのコーヒーで喉を潤し「いい曲だねぇ」としみじみ呟いた。
「年代が近いとさ、琴線に触れる曲も似てるっていうか、懐かしい歌を同じように懐かしいって言い合えるから、いいよね」
穂乃果が言う。
「今流してた曲も、今の若者にとっては古臭い曲って印象になるのかなぁ」
僕はしみじみと呟く。キャンプと若者の連想で、ふうこの顔が思い浮かぶ。彼女は今もキャンプを楽しんでいるのだろうか。
商業施設が立ち並ぶ中心街に差し掛かった。
「あ、クリスマス」
信号で止まった車の前方を指さして穂乃果が言う
「え、なに?」
「ほら信号の」
「はい?」
「信号の赤とか、緑とか、クリスマスカラーっぽいじゃん」
「え、ええぇ?」
真っ直ぐな国道を見下ろす赤や緑の光。交差点が多い道だから、その光は遥か先まで列をなしている。赤と緑、たまに黄色。言われてみると確かにクリスマスっぽい。
「うん、クリスマスだねぇ」
ミルクティーのペットボトルを傾けながら頷く穂乃果につられ、僕も曖昧に頷く。
でも確かに、こんな日常の些細な風景からも、特別を感じる事が出来たら、それはすごく幸せな事なのかもしれない。
信号が青に変わり、微妙に変化した光の列を辿るように、僕はアクセルを踏んだ。