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第38話:番外 ふうこソロキャンプ③

 ジャブローさん、傾きかけた日の光が眩しいです。


 成長の力に満ち満ちている夏の緑も素敵ですが、力を使い果たして眠りにつこうとしている秋の紅葉も、また別の趣がありますね。

 公園で一生懸命遊んだ後、ふと目に入った夕陽をぼーっと眺めているみたいな、心地よい疲労感と、充実感と、寂しさが均等に混ぜ合わされた、なんだか複雑な気分です。


 聞いてください、私YouTube動画に出ることになりました。

 あいのんさん、っていうソロキャンプ動画を上げている女性YouTuberさんにペグを貸してもらえる事になって、そのお返しみたいな感じで出演することになったんです。

 私なんかが出たところで、再生数に影響があるとは思えないんですけど、でもあいのんさんが、私を可愛いって言ってくれたので……。


 あの、ジャブローさん。


 私、かわいいですか?


 私と会った時、多分ジャブローさんは「変な子供だな」って思ったんじゃないでしょうか。

 でも、もしかしたらほんの少しだけ「可愛い子だな」って、思ってくれちゃったりしたのでしょうか。


 その『もしかしたら』を想像しただけで、なんだか顔が熱くなって気持ち悪くニヤついてしまいますが、同時にYouTubeにでる勇気も湧き上がってきます。


 あいのんさんのチャンネルはキャンプ場の説明が丁寧で、すごく雰囲気が感じられる動画たくさんあります。

 ジャブローさんも是非チャンネル登録お願いします。

 そして気が向いたら、私の出てる動画も見てください。



   △



「お邪魔しまーす」


 夕陽が沈みかけ、辺りが紫色に染まっている。

 赤と交わることで紫に変わるという事は、夜の黒って無数の青が重なり合った結果の黒なのかもしれない。それぞれが過ごした今日という日、それぞれが見た空の青が重なり合うことで、夜が生まれているのだろうか。


 あいのんさんは申し訳なさそうにぺこぺことお辞儀をしながら、テント前で焚き火をしている私の隣に持参した椅子を置き、座った。


「へぇー、色々工夫してるんだね」


 私のキャンプ道具を見てあいのんさんが言う。


「お小遣いと、あとバイト代の範囲内でやっているので……なんか、恥ずかしいです……」


 お母さんから貰った壊れかけのティファールの鍋や、自撮り棒を細工して作成した火吹き棒、100均のスノコを組み合わせて作った棚。

 熟練のキャンパーさんからすると、ちゃちな道具ばかりだと思う。


「そんな事ないよ、こういう工夫が楽しいもんね。古くなったティファールの鍋、私もキャンプギアとして使ってるよ」


「取っ手がとれて、収納しやすいので」


「うん、蓋もフラットになるし、収納性の高さが意外とキャンプ向きだよね」


「はい」


 自分の工夫に共感してもらえて、なんだかうれしい。


「それじゃあ、動画撮影、いいかな?」あいのんさんがカメラを取り出し微笑む「顔が写っちゃったら編集で消すから、意識しないで大丈夫だよ。ちょっと、インタビュー形式でやってみよっか。名前は、えっと、ふうこちゃんでいい?」


「はい。あの、あだ名みたいな名前で、本名じゃないので」


「うん、オッケー」


 それから簡単に質疑応答の確認みたいな事をする。なぜキャンプを始めたのか、キャンプの面白さって何か、今日の夕食は何か、などなど。わかりやすい質問だったので、常に自分の中にある答えを口に出すだけなのだが、コミュ障気味の私はうまく口が回らない。

 でもあいのんさんはそんな私の受け答えが逆に初々しくて良いと感じたらしく「そんな感じで本番もお願い!」と上機嫌だった。


 カメラの録画ボタンが押される。


 私は生唾を飲み込む。


「えっと、今回のキャンプでは、なんと女子高生のソロキャンパーに出会えました。女子高生って、すごくないですか! 若い! お肌もピチピチでうらやましい!」


 多分この辺で(私はおっさんか)みたいな字幕突っ込みが入るところなのだろう。あいのんさんの動画は、常にこんなテンションで進んでいく。


「それでは紹介します! 女子高生キャンパーの『ふうこ』ちゃんです!」


「あ、ども……」


 そこからの記憶が曖昧だ。

 あいのんさんの質問に私がしどろもどろで答え、分かり難い部分にあいのんさんが注釈を加える。あいのんさんがうまく話をまとめてくれるおかげで、なんだか自分の話術が向上しているような気分になってくる。

 自分の言葉が、誰かに興味を持たれ、そして世界中に発信されていく。

 ついつい饒舌になって、言葉にも熱が籠る。


「それでは最後に、これからのキャンプの意気込みを一言」


 最後の質問が投げかけられ、私はそれをキャッチすると、一呼吸おいてから投げ返す。もともと答えようとしていた内容から外れて、次々と言葉が、思いが、浮かび上がってきた。


「あの……、ジャブローさん、ふうこは今も、キャンプを楽しんでいます」


「え、ふうこちゃん、ジャブローさん、って誰?」


 想定していない返答だったので、あいのんさんが首を傾げて聞き返す。視聴者に向けて説明が必要な場面と判断したのだろう。


「私のキャンプの先生です……。初めてのキャンプの時、焚き火のやり方とか、料理の作り方とか、ほんとにたくさんの事を、教えてくれました。ジャブローさんに会えたから、私は……、私は今ここにいるんだと思います」


「そっか、ふうこちゃんの恩人なんだ」


「はい、大恩人です」私は何度も頷く「でも、多分もう会えないから、直接気持ちを伝えられないから、この場を借りてお礼を言わせてください。ジャブローさん、ありがとうございます! ふうこはこれからも、キャンプを楽しんでいきます!」


「うんうん。キャンプを続けてたら、またどこかで会えるかもしれないね」


「はい、そうかもです」


「キャンプは時として、色々な出会いがあります。それは人との出会いに限らず、自然や、ハプニングや、感動との出会いも含まれますね。そしてそれが、自分を大きくしていってくれるんだと私も思います。ふうこちゃんには、これからもキャンプを続けてもらいたいですね。それでは、ふうこちゃんありがとう! ぱちぱちぱち!」


 そして、あいのんさんはビデオの録画ボタンを切った。


「うわー! よかったよふうこちゃん!」


「なんかすみません、上手く話せなかったし、最後はなんか個人的な話をしてしまって……」


「いーのいーの。キャンプなんて超個人的な遊びなんだから。それに関する事なんて、どうしたって個人的な話に行き着くもんだよ。でも、それがいいと思う。そういう飾らない個人の楽しみに足を踏み込んで、興味を持ってもらうのが、私のチャンネルのテーマだから」


 あいのんさんは納得したように頷く。


 私は、今まで溜め込んできた感情を口に出せたことの興奮で、身体が熱く火照っていた。そんな私の首筋を、夜風が優しく撫でる。お風呂上がりに感じるそよ風のような、心地よい疲労感が私を包んでいた。



   △



 ステーキ肉を焼いた鉄板に、輪切りにしたナスを並べる。ナスは脂を吸ってくれるので、ステーキから溢れ出た美味しい脂を最後まで味わえる上に、鉄板を洗うのも楽になるという一石二鳥の技である。スーパーで秋ナスを発見した時に思い付いて実践してみたが、思った以上に上手くいって満足。

 本当にちょっとした工夫と、なんの事ない些細な成功体験だけど、こういった喜びの積み重ねがキャンプなんだなって思う、


 夜はしっとりと更けていく。


 少し離れた所では、あいのんさんのランタンの灯りが揺れている。


 鉄板に並べられたナスをスマホのカメラで撮影し、ついでにコップに注いだサイダーと、ランタンと並んで輝く満月も写真に収めた。


 ブログを書いてみるのもいいかもしれない。

 動画を撮るには機材が足りないけれど、写真を使ったブログだったら、今の私の設備でももなんとかなるような気がする。

 私の書いたブログは、ネットの海で永久的に漂い、もしかしたらジャブローさんの目にとまるかもしれない。

 それは本当に些細な希望。

 でも、そんな些細な希望の積み重ねが、きっと大きな希望につながっている。


 なんだか、キャンプと一緒ですね。


 そうジャブローさんに言ったら、きっと頷いてくれるだろう。


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