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第37話:番外 ふうこソロキャンプ②

 ジャブローさん、やっぱり私は、不幸少女なのかもしれないです。テント用のペグを、家に置き忘れてきてしまったようです……。

 テントを立てられなければ、野宿するしかないのでしょうか。管理人さんに誠心誠意お願いすれば、管理棟の中に寝袋を敷いて寝かせてもらえるのでしょうか。

 このまま引き返すのは、それは余りにも悲し過ぎます。


 ジャブローさん、こんな私はこれからどうすればいいのでしょうか。


 テントサイトの片隅で、私は今、途方に暮れています……。


「どうかしたの?」


 不意に声をかけられる。声の方を振り向くと、女の人が心配そうな顔でこちらを見ていた。

 私より少し年上のお姉さんって感じの歳だ。アウトドア上級者っぽい洗練された服装をしているけれど、どこか女の子らしいぬけ感があってかわいらしい。


「え……あ…えと……」


 何か話そうとしても、言葉が出てこない。もともとコミュ障気味である上に、今日はソロキャンだからコミュ力の調整つまみを最低レベルまで落としていた。急に話しかけられてつまみを戻そうとしたけれど、うまく調整が出来てない感じ。


「ごめんね、実は女の子のソロキャンパーなんて珍しいな、ってさっきからチラチラ見てたの。なんだか、テントを広げたところで急に動きが止まって、それからずっと悲痛な面持ちで固まってるから……、心配になってついつい声かけちゃったんだ。怪しい者じゃないんだよ」


 お姉さんもバツが悪そうに頬を掻く。その指先はマニュキアで綺麗に彩られていた。栗色の髪が昼過ぎの太陽に縁取られ、やわらかく燃えている。

 自分の爪を切り揃えただけの指先や、真っ黒なシヨートヘアーが、なんだか可愛らしくない様な気がして、少しだけ凹んだ。


「あの、その、ペグ……」


 頑張って、その一言だけが口からこぼれ落ちた。


「ペグ……あ、ペグ忘れちゃったの?」


「は、はい」


「そっかそっかー、あ、ちょっと待ってて!」


 お姉さんはそう言って駐車場の方に駆けて行く。しばらくすると手提げ袋を持って駆け戻ってきた。息を切らせながら手提げ袋を差し出す。開けると、不揃いなペグが何本も入っていた。


「曲がっちゃったり、買い換えたりした時の余りペグだけど、実用には問題ないと思うよ。よかったら、これ使って」


 ジャブローさん、女神様は本当に存在するのかもしれません。


「え、いいんですか?」


「うん、使っちゃってよ」


「そんな、悪いですよ……」


「あ、なんか気を遣わせちゃってる? それなら、一つだけ、交換条件って事でお願いがあるんだけど、それでフェアな取引にしよっか」


「あ、私に、できる事なら……」


 申し訳なさからそう頷いたけれど、お姉さんの口から出たそのお願いとやらは、私の想像を遥かに超えるものだった。


「えっとね、ちょっとだけ、私のYouTubeチャンネルに出演してよ」



   △



 女子ソロキャンパー「あいのん」のYouTubeチャンネル。スマホで確認したら、しっかりチャンネル登録されていた。

 あいのんさんは、YouTubeで私の住んでいる県の近隣キャンプ場を検索すると、決まってキャンプ動画を上げている女性ソロキャンパーだったので、いつも参考にさせて貰っていた。

 チャンネル登録数がそこまで多いわけではないので、趣味でやっている感じのYouTube投稿者なのだと思う。ただ私の行動圏と、あいのんさんの行動圏が被っていて、私がネットで見つけてきたキャンプ場の動画を検索すると、決まってそこの動画を上げている。地域密着型YouTube、みたいな感じかもしれない。有名ではないけれど、知る人ぞ知る、といった感じ。


 そんなあいのんさんに『YouTubeチャンネルに出演してほしい』というお願いをされて、私は当然困惑する。

 そもそも、なんで私なんかにそんなお願いを?


「え、なんで、ですか?」


「ごめんね、驚かせちゃって。私、あいのんって名前でYouTubeやってるんだ。あ、君の名前は?」


「あ、ふうこ、です」


 咄嗟にそう答えていた。本名じゃないけれど、キャンプの時の私は、この名前の方がしっくりくる。


「ふうこちゃん、高校生?」


「あ、はい」


「高校生の女の子がソロキャンプなんて、すごいよね」


「いえ、まだ2回目なんで……」


 褒められると、どう反応していいかわからない。


「私ね、女子のキャンプ人口をもっともっと増やしたいなーって思っているんだ。ほら、キャンプ場ってやっぱり男の人が多いでしょ? だから結構変なおじさんにちょっかい出されたりって、そういうニュースもよく聞くし」


 たしかに、この前ワイドショーで『女性キャンパーに執拗に声をかけてくる男性キャンパー』の話がやっていて、お母さんが心配そうな目で私を見ていたのを覚えている。


「だから私は、女子のキャンプ人口を増やしたいの! 女子の比率が増えれば、きっとみんな安心してキャンプができるでしょ?」


「そう、ですね……」


 そうなのかもしれないけど、そこに私の出演がどう関わってくるのか、全然わからなかった。


「それでね、ふうこちゃんみたいな可愛いJKもソロキャンプしてるって事が広まれば、女子キャンプの裾野が広がって、もっと大勢の女子がキャンプを始める切欠になるんじゃないかって思ったの」


 え、かわいい?


 私が、かわいい?


 今まであまり言われたことがない言葉だったので、その単語の魔力に魅せられのぼせ上がってしまう。こんな女子力が高そうな可愛らしいお姉さんが、私みたいな地味で目立たない不幸少女をかわいいと言ってくれるなんて。

 思えば私は、かわいい、という言葉に酸っぱい葡萄みたいな感覚を持っていたと思う。

 目立つタイプのクラスメイトたちは、きっとたくさん言われている言葉。そして私みたいな不幸少女にはかけられることがない言葉。そんなもの自分には必要ないって、そう思っていた。

 でも実際に他人からそう言われると、なんだか『自分を肯定して貰っている』って気分になった。自分心が周りが温かく柔らかい毛ふで包まれたみたいに、ものすごく心地よい。


 ジャブローさんも、私を見て「かわいい」と思ってくれていたのだろうか。 


 でも、でも、私はお化粧だってしてないし、あ、ずっとヘルメットを被ってたから、髪だってボサボサのはずだ!


「そうそう、顔は出さないから、髪型は気にしなくて大丈夫だよ。そのままのふうこちゃんでオッケー」


 手櫛で髪を撫でつけようとしている私に気付いて、あいのんさんはそう付け加えた。


 顔出しではないと知って、少しだけ出演の方に心が傾く。

 そしてもうひとつ、出演した場合のメリットが脳裏を過った。そのメリットが、私の首を縦に振らせる後押しになった。


 もしかしたら、ジャブローさんが、このチャンネルを見てくれるかもしれない。


 ジャブローさんは隣県から来ていると言っていた。車移動だからその移動範囲は広いと思うし、今日来ているこのキャンプ場だって、いつか検索する日が来るかもしれない。

 その時偶然、奇跡的に、私が出演するこの動画を見てくれたらーー。


 私が今も、そしてこれからも、キャンプを続けているよって事を、伝えられるかもしれない。


 ジャブローさんのおかげで、自分が胸を張って『楽しい』と言えることを見つけられたよって、伝えられるかもしれない。


「えっと、わかりました……、お願いします」


「うわーありがとー! これは再生数伸びそうな気がするよ。ありがとね、ふうこちゃん」


 とりあえず、準備ができたら声かけるから、それまでソロキャンプを楽しんでて。撮影も10分くらいだから、そんなに迷惑かけないよ。


 そう言って、あいのんさんは自分のテントへと戻っていった。


 左手に不揃いなペグの重みを感じながら、私は目の前の霧が晴れたような、不思議な気分に浸っていた。


 ジャブローさんとの繋がりは、まだ切れてはいない。


 無事テントを立てて、砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、傾きかけた夕日を見る。

 夕日は遠くの黒い山並みへと、コーヒーに入れた角砂糖みたいに、ゆっくりと溶けていった。


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