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第36話:番外 ふうこソロキャンプ①

     朝露で濡れたアスファルトが、秋の透き通るような朝日を受けて輝いている。

 夜が朝に変わる瞬間に空からこぼれ落ちてしまった星屑が、去っていく夜に手を振っているみたいだ。

 原付スクーターのエンジン音が、適度な間隔を開けて並んでいる民家の横をすり抜けて響き渡る。


 2回目のソロキャンプ。


 私ーーふうこの胸は高鳴っている。



   △



 ジャブローさん、お元気でしょうか。

 私はまあ、ぼちぼちです。

 学校はいつも通り、楽しくもなくつまらなくもない感じですし、勉強もお母さんに怒られない程度にはやっています。


 今日、私は2回目のソロキャンプに向かいます。

 どんな事が起こるのか、すごくドキドキして落ち着かないです。


 でも、そのドキドキもまた、キャンプの醍醐味なんでしょうね。

 1回目のソロキャンプでジャブローさんに出会ったみたいに、また私を変えてくれるような素敵な出会いがあるかもしれません。

 もしかしたら、ジャブローさんと再会することになったり‥‥、いやいや、流石にそこまでの偶然は期待していないですが、またどこかで会えたらいいな、何て事をいつも考えています。


 なんてーー


 最近、出す宛のない手紙の文を介して、物事を考える事が多くなってきた。


 特にキャンプに関係する事柄を考えるときは、自然とジャブローさんに宛てた手紙の文面を意識している気がする。

 私はジャブローさんの名前も住所もわからない。

 今私が考えている文章は、ただ私の頭の中だけで反芻され、徐々に消化され、やがて跡も残さずに再び私の中へと還っていく。


 去り際に、LINEくらいは交換してもらえば良かった。その一言をお願いする勇気が出なかった過去の自分が恨めしい。


 とは言え、今更どうしようもない事は理解している。私は私なりに、私だけのキャンプを楽しもう。



   △



 朝の道は車通りが少なく、私がとろとろ走っていても、車は爽快に追い越していってくれるのでなんかほっとする。車が増えてくると、私の後ろで追い抜くタイミングを伺っている運転手のプレッシャーを感じて、なんだか恐いような申し訳ないような気持ちになる。

 スケジュール通りに事が進めば、車が増え始める9時ごろには、車通りの多い中心街を抜けて山を越える林道に差し掛かっているはずだ。


 赤信号で止まる。

 太った猫が1匹、横断歩道のあたりを歩いている。

 手をあげて横断歩道を渡るかな? いやいや、そんな事はないだろう。

 そんな荒唐無稽な事を考えて心の中で笑っていると、猫はのっそりと横断歩道を渡り始める。車道側の信号は青に変わるが、車は一台も来ない。私の後ろにも車はいない。

 ハザードランプをつけて、目の前の猫が渡り切るのを眺めてから、私はスロットルを回した。


 市街地を抜けると、徐々に民家が少なくなってくる。


 今回のソロキャンプの目的地は、山を越えた隣県にある、無料キャンプ場だ。

 出来ればそこそこの費用がかかっても、設備の充実したキャンプ場にも泊まってみたい。部屋のベッドの上でスマホを眺めながら「ここもいいなー」と呟いてはみたものの、たまのバイトしか収入がない高校生は、キャンプの道具を買うだけで一苦労だ。


 質より量。まずは回数をこなしたい。

 そういう方向性で判断すると、どうしても無料キャンプ場になってしまう。


 ただネットの口コミなどで入念に調査し、安全性の確保は怠らない。人が多過ぎても困るけれど、少な過ぎてもなんだか怖い。また市街地に近いキャンプ場はなんだか怖い感じの人達が集まることが多そうだけど、少し行きにくい場所になると、ちゃんとした『キャンプ』をやる人達の割合が増えてきそうなので、マナーが悪い人も減るんじゃないかなと思う。


 そう考えると、前回のキャンプ地は明らかにチョイスミスだった。宿泊者が少なすぎるキャンプ場も考えものである。あそこにいたのがジャブローさんだったから良かったけど、ヤバい感じの人だったらと考えるとなんだかブルブル震えてくる。


 でも、最初のキャンプにあそこを選んで、結果としてすごく素敵な思い出になっている事が、私のキャンプに対する自信につながっている気がする。

 それは自分を高められるいい自信なのか、油断や慢心につながる悪い自信なのか、今の私には判断がつかない。

 でもこうして2回目のソロキャンプを決行する事ができたと言う一点においては、いい自信と断言してしまっても構わないんじゃないかなと思う。


 山道に差し掛かる前に、コンビニでお茶とおにぎりを買い、トイレを済ませておく。時間的に、山道の途中で原付を止め、お昼を食べる予定。



   △



 ジャブローさん、最近は涼しくなってきましたが、相変わらずキャンプに行かれてるんでしょうか?


 これから季節は冬へと移り変わって行きますが、霜の降りる朝も、雪の降る夜も、私はキャンプを通して季節の変化を体感していきたいと思っています。

 ジャブローさんは『じぶんはガチ勢ではないから』と笑っていましたが、きっと同じように冬のキャンプを楽しむのではないかなと思います。


 秋の風はアウター越しでも身体の熱を冷まします。原付でのキャンプは不便なところも多いですが、色々寄り道できる自由さがありますし、それが楽しみにつながるんじゃないかなと思っています。

 もしよろしかったら、ジャブローさんも原付を購入されてみてはいかがでしょうか。あ、ジャブローさんは大人だから、買うとしたら普通のバイクですかね? どちらにせよ、おすすめです。


 今私は、山道を登っています。

 頑張って荷物を選定したつもりですが、エンジンが悲鳴をあげているような気がしてちょっと不安です。


 のんびり、マイペースに‥‥。


 渓流を跨ぐ橋の手前にちょっとした駐車スペースがあったので、私は原付を停め大きく伸びをした。

 ふと見上げた広葉樹が赤く色づいていて、空から降り注ぐ暖色の光が、秋風で冷えた体を温めてくれるような気がする。


 よく見ると、渓流に降りられる階段があるようだった。ここでお昼を食べようと思い立ち、ハンドルの下のフックに下げていたコンビニ袋片手に階段を降りる。


 階段の途中で優しそうな老夫婦とすれ違う。


「こんにちはー」


「こんにちは」


 お互いに笑顔で挨拶を交わす。

 今日初めて発した言葉が、こんな温かくて優しい言葉だったことが嬉しかった。なんだか幸先がいいような気がする。


 渓流の片隅に寝そべる大きな岩に腰掛けて、シャケおにぎりを頬張った。


 食べかけのおにぎりの中身と、見上げた木の葉の色が、なんだかお揃いみたいだった。


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